「障害児、地域の小学校で学ばせたい」 原告の両親が意見陳述 |カナロコ|神奈川新聞ニュース

「障害児、地域の小学校で学ばせたい」 原告の両親が意見陳述 

横浜地裁


子どもは子どもの中で育つ 母・悦子さん


 息子和希は、今年の4月に小学校1年生となりました。

 しかし、地域の普通学校への入学を希望していた本人および両親である私たちの意思に反し、川崎市は和希を養護学校へ入学するものとしてしまいました。

 養護学校では大人である教師との対話しか持つことができず、同世代のお友達との交流はまったくありません。お友達との交流を楽しみにしていた本人も非常に残念そうにしております。

インクルーシブな幼稚園


 和希は小学校に入る前の2年間幼稚園に通い、同世代の大勢のお友達と過ごしてきました。

 和希が幼稚園に入ったときは、大勢のお友達の中で過ごすのは初めてなので、初めはどうしていいのか分からない様子でしたが、それでもお友達の様子をよく見ていました。

 すると最初に何人かのお友達が和希のそばに来て、呼吸器を見て「どうしたの?」「これ何?」と聞いてきました。私が少し説明すると、「ふぅーん」といった感じでした。

 そのうち1人また1人と和希に「おはよう」と声をかけてくれるようになり、「きょう一緒に遊ぼう」と誘ってくれたり、「お砂場で待ってるね」とか「ブランコの前で待ってるね」とか、先に行ってていいよと言っても「一緒に行こう。待ってるよ」と、自然な感じで仲良くしてくれました。

 そんなやりとりが続き、和希も一緒に過ごすことがうれしかったのか、お友達と一緒にいることで笑顔が増え、表情も豊かになりました。

 通園日にお休みをすると、「和希君、昨日は幼稚園に来る日だったのに、どうして来なかったの?」と和希の存在を意識してくれるようにもなりました。運動会や発表会などの行事にも参加し、運動会でお友達が和希の事を応援してくれたり、和希もお友達に「がんばれー」と応援することも経験しました。

 和希は同世代のお友達と一緒に過ごすことで、思い切り遊んでいい時、真剣にしっかりと取り組まないといけない時などについて、お友達と共に学んできました。

 また、和希はお友達の言葉や行動、様子をよく見ていて、一緒になってケラケラと笑ったり、みんなで何をして遊びたいかという話し合いの場では、「自分はこれをやりたい」といった意識も出てきたのか、言葉を発するようになりました。

 本当に、子どもらしさがたくさんでてきました。子どもはやはり子どもの中で育つものだと思いました。

 幼稚園の子たちは、障害があってもなくても同じクラスのお友達として接してくれて、時には手を差し伸べてくれました。和希もそのようなお友達の優しさに触れて、泣いている子がいると「どうしたの?」といった表情をするようになりました。

 和希は呼吸器を必要としていますが、6歳の子どもであることに変わりはありません。6歳の子どもとして地域で生活しているのです。幼稚園のお友達は、そんな和希を自然に仲間として受け入れてくれました。

 和希は、お友達みんなと一緒に過ごした幼稚園の2年間でたくさんの社会勉強をし、いろいろな経験の中で成長し、自分の意思や夢、希望を持ち始めています。和希の今の気持ちを大切にしてあげたいです。

 和希が通っていた幼稚園のように、世の中にはいろんな人がいることを当たり前に受け入れ、共に過ごすことでお互いにどう接すればいいのか、子どもの頃から自然に身に着けていけるような社会になってほしいと心から願っています。

「みんなと一緒にいたい」


 和希の就学に当たっては、教科の勉強がすべてではなく、和希にとって「みんなの中にいる。一緒にいる」ことこそが大切であり、そこから勉強にもつながっていくと考え、地域の学校への入学を希望しました。

 子どもの成長は、待ってくれません。今は今しかないのです。

 養護学校では同世代とのお友達との交流がなく、和希から幼稚園での表情が失われていた感じでしたが、地域の小学校に出向いての交流が始まると、そこで同世代の子どもたちと一緒にいるときは、本当に豊かな表情をしていました。

 地域の小学校での交流では、和希もお友達も初対面だったにもかかわらず、運動会の練習の玉入れでは何度も玉を拾って和希に渡してくれたり、国語の音読の時には、和希の声を聞き取ろうとしてくれたりしました。

 お楽しみ会では、和希が笑っていることに一緒に喜んでくれたり、和希が教室に入って行くと「来た来た」と言って迎えてくれました。そして、終わりには「光菅さん、今度はいつ来るの?また来てね」と言って、同じ1年生として受け入れてくれました。

 交流の時間は短いので、和希も「えっ? もう帰るの」「どうして?」「もっとみんなと一緒にいたい」という気持ちでいっぱいでした。

 残念ながら、市教委は和希が一番楽しみにしており、多くのことを学んでいた地域の小学校との交流も6月に突然、一方的に打ち切ってしまいました。そして、その後、何度も交流の再開をお願いしてきましたが、夏休みを挟んで3カ月もたった今も再開できておりません。

 和希にとっては今この瞬間も、本来であれば周囲からたくさんのことを学ぶことのできる大切な時間なのです。

 私は、和希には、これからも地域の中で小学校に通い、周囲のお友達との交流を通じてたくさんの刺激を受けながら成長していってほしいと願っております。何より、和希自身がそれを望んでおります。

 私は、裁判で相手を責めたいのではありません。

 母親として、息子和希に、地域の一員として周囲との交流を通じて健やかに成長してほしいと願っているだけなのです。

 どうか、そのことをご理解いただくとともに、今も大切な時間を失い続けている和希に、少しでも早く(和希が望む)学校生活を送らせてあげたいと強く願っていることをご理解いただければと思います。

同年代の子との生活こそ 父・伸治さん


 息子和希が小学校に進学するにあたり、和希にとってよりよい環境を整えてあげたいと考え、地域の小学校への進学を希望していた私たち夫婦に対し、川崎市教育委員会は、「安心・安全」「専門的教育が受けられる」という理由で、養護学校への進学を強く勧めてきました。

教育委員会の判断は妥当か


 しかし、まず、「安心・安全」ということであれば、健常な子であろうと障害のある子であろうと、子どもの安心・安全を考えていない親はいません。ましてや、和希については、私たち夫婦が生まれてから今まで、一番傍らで見てきました。

 そして、先ほど、妻もお話ししましたが、これまで和希は、幼稚園で同世代の子どもたちに囲まれて生活していましたが、事故など危険なことは何もありませんでした。

 なぜ川崎市教委が私たち夫婦の話も聞かず、これまでの和希の(幼稚園での)実績も無視して、養護学校でなければ和希の安心・安全が確保できないと断定したのか理解に苦しみます。

 また、川崎市教委は、養護学校で「専門的教育」を受ける事ができると言っていました。

 私は3月23日の市教委との協議において、「この子にとって専門的教育といったものとは何でしょうか」と尋ねたところ、返答は「スイッチを使った物ですとか」というものでした。しかし、スイッチを使った遊びや意思表示については、私たちは既に取り組んだことがあり、福祉展などで専門の企業やメーカーのものを試してみましたが、指の動く範囲が狭くて難しいと言われ、実際にやってみても安定した状態で動かす事ができませんでした。

 私たちはその後、視認でカーソルを動かす「マイ・トビー」という装置を知り、療育センターとも相談して、それを療育の場で使っています。

 そこで、川崎市教委や県教委に対して「みなさんはマイ・トビーをご存じですか」と尋ねましたが、どなたもご存じなかったのです。そういったこともご存じない方々がなぜ、「専門的教育」を理由に養護学校「適」と判断することができたのか、私には分かりません。

 そもそも、養護学校「適」と判断された方々のどなたも和希のことを見に来られておりません。そのような方々がなぜ、和希の安心・安全は養護学校でなければ確保できず、養護学校であれば和希にとって必要な専門的な教育ができると判断することができたのでしょうか。

ともに学び、ともに育つ子どもたち


 私たち夫婦は、和希にとって一番成長できる環境はどこなのか、どういう環境を与えればこの子にとって一番ベストなのかを考え、同年代の子たちとの交流の中で生活することこそが、和希のためであると思い、地域の学校への進学を希望しました。

 専門性よりも、和希は同年代の子たちとの交流で得られるものの方が大切であると判断したのです。ましてや、市教委のいう「専門性」は言葉だけであり、その中身は先ほど申し上げました通り、非常にお粗末なものです。

 また、「安心・安全」の面で言えば、幼稚園で、ある子どもが和希の呼吸器のホースを触ろうとすると、他の子が「それは触っちゃいけないんだよ」と注意をしてくれるといったことなども経験しております。私たちが心配するより、子どもたちはしっかりしており、みんなでルールを守ろうとするものですし、何よりそのような環境の幼稚園で何事もなく生活できていたのですから、地域の小学校では「危険」という市教委の判断はまったく解せません。

 和希も私たち夫婦も、幼稚園での和希と同年代の子たちとの交流を通じて、多くのことを学びました。

 先ほど妻も申し上げましたが、和希はいまこのときもぐんぐん成長しています。一日も早く和希に同年代の子たちと一緒に成長できる環境を整えてあげられるよう、親としてできる限りのことを行っていきたいと思っております。

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