【やまゆり園事件2年】差別断じる規範 今こそ ヘイトスピーチと闘うわけ|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【やまゆり園事件2年】差別断じる規範 今こそ ヘイトスピーチと闘うわけ

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  • 公開:2018/07/30 11:24 更新:2018/07/30 11:43
【時代の正体取材班=石橋 学】東京・永田町の自民党本部前の路上は満身の怒りに打ち震える人々で埋め尽くされていた。22歳のレズビアンがマイクを手に叫ぶ。「私が私であることを誰にも止めさせない」。呼応するコールがこだました。「差別はやめろ」「人権無視する議員はいらない」

 27日夜、同党の杉田水脈(みお)衆院議員の辞職を求めるデモ。杉田氏は「LGBTは子どもを作らないから生産性がない」と性的少数者を差別する文章を月刊誌に寄稿していた。非難を示そうと集まった人々は主催者発表で5千人に膨れ上がった。

 川崎市幸区の自宅で志田晴美さん(50)はツイッターの投稿からその様子を追っていた。抗議の声を上げに行かなければ、との思いもあったが、どうしても足を向けることができなかった。「ふたをしたはずの思いが呼び起こされそうで、怖い」。子どもを産まないという選択に負い目を感じた過去があった。

 自身はLGBTではないが、差別の刃(やいば)が突きつけられているのをはっきり感じていた。

 「子どもを産まないから支援は必要ないという杉田氏の発想は、生きている価値がないというのと同じ。子どもがいない私も価値がないのだと思わされた。1度は心を整理し、振り返らずに生きていこうと決めたのに」

 生産性などという国家主義むき出しの物差しで人の価値を計るおぞましさに足がすくんだ。

 そもそも、いかなる尺度をもってしても人間の存在を否定することなど許されない。同じ人間を等しくある存在とみなさず、生きるべき者とそうでない者を分け隔てる。差別はそうして人を殺してきた。

 2年前の7月26日、相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件。殺人などの罪で起訴された植松聖被告は、意思疎通ができないとみなした障害者を「心失者」と呼び、「障害者は不幸を生み出すことしかできない」と、大量虐殺を正当化した。

 被告の心に巣くう優生思想が政権与党の議員によって公然と発表される恐怖。中東のテレビ局アルジャジーラが杉田氏の「議員」という肩書に「Lawmaker(ローメーカー)」という英単語を当てていることに、はっとした。杉田氏は国権の最高機関で、立法を職務とする立場にいる。

 「黙っていたら許容されたとみなされ、同じ考えを持つ人が国会議員にも増えるかもしれない。植松被告のような考えで恐ろしい法律が作られないとも限らない」

 杞憂(きゆう)とは思わない。障害者の強制不妊手術という人権侵害を合法化し、未来の命を奪ってきた優生保護法が改正をみたのは1996年のことだ。

政権の中枢


 志田さんは、在日コリアンの殺害までも唱えるへイトデモに抗議するカウンター活動を続けてきた。日の丸を掲げ「朝鮮人をたたき出せ」と叫ぶ一団が川崎駅前に現れるようになったのは2013年5月のこと。慣れ親しみ、愛着のある地元のまちが汚され、壊されると感じた。

 あるとき、沿道から「レイシストは帰れ」と声を上げていると、デモの先頭を歩く主催者が憎悪に満ちた目を向け、「この朝鮮人!」と叫んできた。「差別に反対すれば、私も標的にされるのだと知った」

 一つの差別を許せば、あらゆる差別がまかり通るようになる。杉田氏の過去の言説は、放置が招いた時代の空気を示している。

 次世代の党に所属していた14年、衆院本会議で質問に立ち、「男女平等は絶対に実現し得ない反道徳の妄想」と女性蔑視発言を行ったのを皮切りに、同年の衆院選で落選後は、沖縄の基地反対運動に取り組む市民を「暴力集団」と誹謗(ひぼう)中傷したり、旧日本軍慰安婦をかたどった少女像について対談本の中で「建てるたびに爆破すればいい」と述べて元慰安婦の女性の尊厳を愚弄(ぐろう)したり、標的を次々と変えながらヘイト発言をしてきた。

 名称からしてありもしない「特権」を冠し、在日コリアンの排斥を扇動する「在日特権を許さない市民の会」(在特会)に代表されるヘイトスピーチに対峙(たいじ)してきた身には、デマと敵意をもってマイノリティーやその人権擁護運動をたたくロジックはもはや見慣れたものでもあった。

 杉田氏は17年の衆院選で比例中国ブロックの単独候補として自民党から出馬して政界に復帰した。寄稿文への非難の声が上がってなお、同党の二階俊博幹事長は記者会見で「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観、考えがある」と擁護した。

 「政権の中枢で、差別がまるで一つの立場や価値観であるかのように語られている」

 差別が差別として断罪されない倒錯もまた、この間繰り返されてきたものだった。

条例を求め


 私たちの社会は、杉田氏を議員辞職させることができるだろうかと思いを巡らす。書店では隣国をさげすむ「嫌韓・嫌中本」が平積みされ、ネット上のヘイトスピーチは野放しのままだ。メディアもまた、杉田氏の言説を「考え方」などと報じ、自らのペンで差別と批判しようとしない。「ゲイの友だちがいるのに自民党本部前へ行かなかった私自身、その苦しみが十分理解できていないのではないか」

 絶望がよぎりそうになるとき、思い返す光景がある。20年ほど前、パニック障害で身動きもままならない母が一時入院したときのことだった。相部屋になった女性は胃がんでやはり寝たきりだった。すると母はその女性の食事を運ぶなど、身の回りの世話をするようになった。

 「生きている価値のない人間なんていない。人は無条件に、ただ存在しているだけでいいんだ。そう思えた瞬間だった」

 父を早くに亡くし、母の介護に向き合ううち、孤独感にさいなまれ、自身もうつになった。世間という名の見えないまなざしによって刻まれた虚無から救い出される気づきが、そこにあった。

 支えとして、その胸に刻む場面がもう一つ。

 16年3月22日、参院法務委員会。ヘイトデモに襲われた川崎区桜本から被害を訴える在日コリアン3世、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(45)の意見陳述を見守った。傍聴席にはカウンターの仲間たちがいて、ロビイングに奔走した弁護士やNGO関係者がいて、報じるメディアがいた。「差別はあるか、ないか。中立の立場はない。あるなら、なくさなければいけない」。訴えは議員たちの胸に響き、理念法ながら、ヘイトスピーチ解消法は成立をみた。「小さな一歩かもしれないけれど、私には宝物のような成功体験として輝き続けている」

 「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」のメンバーとして、川崎市に条例を求める運動を続ける。福田紀彦市長は遅くとも19年度中に差別をなくす条例を作ると議会で表明している。人種や障害者、LGBTなどに対する幅広い差別が対象になる。

 一日でも早く、それも実効性のあるものを、との思いはいよいよ強まる。もはやお題目を唱えるだけの理念条例では足りない。差別を禁じ、罰則を盛り込んだものでなければならない。公人による差別禁止はとりわけ強調されるべきだ。差別を存在する余地のない絶対悪として断じる規範は、そうしてはじめて打ち立てられる。条例制定の動きをほかの自治体に広げ、国の立法にもつなげたい。

 「長い道のりになるかもしれない。けれど、それも私たち次第。仲間をもっと増やさなければ」

 これ以上マイノリティーが殺されないために。いつか私が殺されないために。

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