〈時代の正体〉やまゆり園事件と強制不妊手術【下】実名 差別に克つため|カナロコ|神奈川新聞ニュース

〈時代の正体〉やまゆり園事件と強制不妊手術【下】実名 差別に克つため

小島喜久夫さん(前列左から3人目)は5月、札幌地裁に提訴した。「神奈川県でも勇気をもって名乗り出てほしい」と呼びかける=札幌市

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【やまゆり園事件取材班=川島秀宜、石川泰大】津久井やまゆり園(相模原市)で入所者19人が殺害された事件から2年。起訴された植松聖被告(28)は、なおも命の優劣に偏執する。旧優生保護法(1948-96年)に基づく強制不妊手術の証言を引き、事件に潜む優生思想と向き合う。3回連載の最終回。


 秋風に乗った赤い風船が、北西から横浜市の園舎に舞い降りてきた。津久井やまゆり園が相模原市から昨年4月に仮移転して半年後。入倉かおる園長(61)は、天上の19人を思った。

 「届けてくれたのは、あなたでしたね」。今月23日の追悼式で弔辞に込めた。入所者が19色の折り紙でこしらえたヤマユリの造花が、祭壇を飾った。

 多彩な19人の「あなた」。県は実名による追悼を遺族と直前まで調整したが、ことしもかなわなかった。「機が熟していないと判断した」と黒岩祐治知事は悔やむ。家族会の大月和真会長(68)は「もう少しというより、だいぶ時間がかかるだろう」と察する。

 遺族の1人は、取材に「そっとしておいてください。お断りします」と話した。

 「根深い偏見と差別が、遺族の口をつぐませてしまっている」。長男、一矢さん(45)がひん死の重傷を負った尾野剛志さん(74)は、もどかしそうだった。被害者家族として唯一、事件直後から実名で証言を続ける。

 尾野さんは半面、障害者差別に抗(あらが)う萌芽もみていた。
 事件から1年半後、旧優生保護法に基づく強制不妊手術の被害者が相次いで名乗りを上げた。この機運を「やまゆりの反動」と確信する。


 厚生労働省によると、旧法下で少なくとも2万5千人が不妊手術を受け、うち1万6500人が強制された。神奈川県内でも、462人の被害が確認されている。

 ことし1月から、全国で7人が国に謝罪と補償を求めて訴訟を起こした。札幌市の小島喜久夫さん(77)は、初めて実名を明かして提訴に踏み切った。

 19歳のある日、不意に実家に現れた駐在所の巡査に手錠をはめられ、そのまま精神科病院に連行された。養親は「一生ぶちこんでやる」と息巻いた。医師の診断もないまま「精神分裂病」と決めつけられ、抵抗すると、頭部に電気ショックを見舞われた。精管を切断された。

 妻麗子さん(75)に不妊の原因を「おたふくかぜのせい」とごまかし続け、真相は決して打ち明けまいと決めていた。

 翻意させたのは、9歳女児まで手術を強いられたという報道だった。

 「こんな不条理を繰り返しちゃいけない」。2月に麗子さんに打ち明けると、「一緒に闘うから」と背中を押してくれた。

 58年間押し隠した忌まわしき過去を、素顔をさらしてメディアに告白するのは「胸をえぐられるようだった」。小島さんが院内で知り合った手術の被害者は、記憶の限り10人はいる。一度は挫折したが、「彼らがいつか立ち上がってくれるはず」と再起した。

 6月、熊本県の渡辺数美さん(73)が実名を公表して続いた。貫いた信念は正しかったと、勇気づけられた。

 誇大な盲信(もうしん)や、国家が立ちはだかろうとも、逃げも隠れもしない-。

 尾野さんと小島さんの揺るぎない覚悟は、一点で交わる。

 「いつか、差別に打ち克(か)つために」

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