やまゆり園事件と強制不妊手術 被害者の証言<前編>|カナロコ|神奈川新聞ニュース

やまゆり園事件と強制不妊手術 被害者の証言<前編>

父から届いた手紙の文面をなぞる飯塚さん=宮城県内

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【やまゆり園事件取材班】重い障害のある入所者19人が犠牲になった「やまゆり園事件」。旧優生保護法(1948-96年)に基づいて不妊手術を強制された当事者やその家族の目にはどのように映っているのか。前半は、宮城県に住む飯塚淳子さん=仮名、70代=と、東京都の北三郎さん(75)=仮名=。 

障害は不幸でない
飯塚 淳子さん(仮名、宮城県、70代)


 7人きょうだいの長女として生まれた。知的障害がないにもかかわらず、民生委員からでたらめな説明をされ、中学3年の時に特別支援学校に入所。知的障害者の職業訓練をする「職親」に行き先を告げられないまま診療所に連れていかれ、卵管を縛る不妊手術を受けた。16歳だった。

 麻酔を打たれた後の記憶はなく、手術の痛みも覚えていません。実家に帰った後、父が母に「子どもを産めなくする手術を受けた」と話すのを聞いて不妊手術だったのだと理解しました。それからずっと悩んできました。ストレスから死んで楽になりたいと思うことが今でもあります。

 後遺症はひどく、生理のたびに転がり回るほどの痛みに襲われました。夢だった介護職を諦めざるを得ませんでした。不妊手術を受けたことをなかなか打ち明けられず、子どもを産めない引け目から結婚と離婚を3回繰り返しました。

 父が亡くなる直前に手紙が送られてきました。民生委員と職親にせかされて手術に同意してしまった、と震える字で書かれていました。(民生委員と職親は)なぜうそまでついて、私の人生を奪わなければならなかったのでしょうか。今でも悔しくてたまりません。

 「国に補償と謝罪を求める」と決意し、20年ほど前にたった1人で名乗り出た。手術理由などを記した「優生保護申請書綴」は焼却処分され証拠がなく、国は動かなかった。長年の活動が実を結んだのは今年1月。同じ宮城県内の60代女性が被害を公表し、全国初の国賠訴訟を起こした。自身は5月、県知事が不妊手術を認めたことから追加提訴に踏み切った。

 正直、何度も諦めようと思いました。でも、うそのまま闇に葬られてなかったことにされたくない、一人でも多くの人に名乗り出てほしいという一心でここまで続けてこられました。

 2年ほど前に乳がんが見つかり、裁判が終わるまで体が持つかどうかという不安もあります。原告はみな年老いて、時間がありません。国は少しでも早く責任を認め、謝罪してほしい。

 2016年7月26日に起きた相模原障害者施設殺傷事件。命の選別をする男の独善的な考えはニュースで知った。旧優生保護法と通底する日本社会に根付く障害者差別を見る。

 健常者でも障害者でも殺していい命なんてない。健常者も事故や病気で障害を持つことだってある。障害者に生まれてきたから不幸というのも間違いです。

 この事件は弱い立場の人に向けられたもの。人ごととは思えませんでした。(私自身も)否定されている部分があると感じます。今も優生思想が社会を覆っているのではないか。そう思わずにはいられません。


亡妻のために闘う
北 三郎さん(仮名、東京都、75歳) 




 14歳で受けた強制不妊手術について、4歳下の妻に、ずっと打ち明けられずにいた。

 女房は子ども好きでね。知人の赤ちゃんをあやす姿を見ると、なんかこう、目頭が熱くなるんですよ。交通遺児を養子として引き取ろうと申し出たこともあったけど、断られました。いつか自分の子どもができると信じていたんでしょう。

 妻は白血病を患った。5年前、病床で初めて秘密を告白した。翌朝、66歳で息を引き取った。

 「おれ、隠していることがあるんだ」って思い切って切り出しました。医師から「今夜が山だ」と宣告され、もういましかない、いま伝えなければ一生後悔すると腹をくくりました。「子どもをつくれない体にさせられたんだよ」って。

 女房は目を閉じて、ただうなずいて、「しっかりご飯を食べるのよ」と言ってくれたんです。最期までわたしを気遣ってくれました。一人の女性を傷つけ、人生を狂わせてしまった。自責の念にさいなまれています。

 手術の公的な記録は一切、残されていない。唯一の証拠は、両脚の付け根に刻みつけられた切開の痕跡だ。その痛みをはっきりと覚えている。

 麻酔を打たれて、頭がボーッとしていたんだけど、医者たちが自分の体をいじっているのがわかりました。術後1時間ほどして、もだえるような痛みが襲ってきました。半月ほどは腰も伸ばせず、トイレもはって行かなければいけないほどでした。

 おやじを恨みました。生後8カ月で実母を亡くしているのですが、小学生のころ、異母の弟が生まれると、教護院(現・児童自立支援施設)に追いやられたのです。手術は、おやじと施設がたくらんだのだと思っていました。

 ことし1月、宮城県の佐藤由美さん=仮名、60代=が起こした訴訟で、優生保護法に基づく不妊手術だったと知る。

 おやじがやったわけじゃない、施設がやったわけじゃない、国がやったって。怒りに燃えましたよ。女房はその真実を知らずに死んでいったんです。これじゃ報われない。天国の女房と二人三脚で闘おうと決心しました。

 国も植松聖被告も、命を蹂躙(じゅうりん)する「鬼」と映る。

 突然の侵入者に刃物を突き付けられたやまゆりの被害者の恐怖を察すると、やりきれない。わたしもいや応なく、体を傷つけられた当事者です。どんな命でも、他者に優劣をつけられ、選別される筋合いはない。邪魔者なんて、どこにもいないんです。自由に恋をし、人を愛する権利を、だれもがもっているのです。

やまゆり園事件と強制不妊手術 被害者の証言<後編>


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