日本人の差別意識描く 劇団・燐光群「九月、東京の路上で」|カナロコ|神奈川新聞ニュース

日本人の差別意識描く 劇団・燐光群「九月、東京の路上で」

95年前を思い「東京の路上」を歩く坂手洋二。「日本人は悪いとか、人間はそもそもダークだとはしたくない。物事には必ず原因がある」=東京都世田谷区

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 関東大震災後の朝鮮人虐殺と、現代のヘイトスピーチを重ね合わせ舞台化した劇団「燐光群(りんこうぐん)」の「九月、東京の路上で」が、8月5日まで都内で上演されている。加藤直樹による同名のノンフィクションが原作だ。脚本・演出の坂手洋二は「日本人に今もある差別意識を描く」と語る。

 綿密な取材に基づき劇作する坂手にとって、本作のきっかけは明確だ。小池百合子都知事が昨年、慣例だった朝鮮人虐殺被害者への追悼文送付を取りやめたことに対する「抗議」だ。

 加藤の原作を熟読し、虐殺の現場となった東京や埼玉、千葉などの現場を訪ね歩いた。「記念碑や被害者の墓を前にして心を打たれた。市民が忘れまいと追悼と反省を続けていた」

 原作には、朝鮮人が混乱に乗じて暴動を起こすとのデマが関東中に広まり、地震の10日以上後にも、市民や官憲による虐殺が行われたことが記されている。日ごろ良き隣人として共生していた朝鮮出身の行商人、貧窮にあえぐ工場労働者を支援していた中国出身のインテリ…。治安維持を装った行政による社会主義者弾圧の一面もあった。

 坂手が着目するのは、軍や警察の存在だ。原作には当時の警察官僚で、後に読売新聞社主となる正力松太郎の回顧録が引用されている。「人心が異常なる衝撃をうけて錯覚を起し、電信電話が不通のため、通信連絡を欠き(略)警視庁当局として誠に面目なき次第であります」。失態ながらやむを得ない、といった程度の認識だった。

 だが現実には戒厳令が敷かれ、軍隊にフリーハンドが与えられていた。うわさのような、ささいな発端が惨事に結び付いた。「今、日本人の多くは、警察や軍隊が持つ強大な力を疑っていないのではないか」

 それに当時、うわさが真実と受け取られるだけの下地があった。1909年の伊藤博文暗殺、日本統治下の19年に朝鮮で起こった三・一独立運動だ。「メディアや政治が恐怖を利用し、人々の不安感に訴える手法は今もある。私たち自身がそこに加担していないか、意識すべきだ」

 民主化した戦後日本では平和、平等、自由や三権分立を学んだはずだ。それなのに、なぜ-との思いが坂手にはある。「それらのディテール(細部)の実感がないからではないか」。視線は再び、現在の路上に向く。在日コリアンなど特定の人々の排除を要求し「殺せ」と叫ぶ人々。そして、追悼文をかたくなに拒否する都知事。

 本作のチラシに、だから坂手は記した。「ここはほんとうに、オリンピックにふさわしい場所なのか」

 公演は東京都世田谷区の下北沢ザ・スズナリで。料金は一般前売り3800円など。予約や問い合わせは燐光群☎03(3426)6294。

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