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ニュースターの時代

ベストナイン編・平成 102/100

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/06/14 02:00 更新:2018/06/14 02:00
神奈川高校野球100回大会 平成の神奈川高校野球は横浜の優勝で幕を開けた。1989年の優勝の立役者となったのが当時2年の鈴木尚典(90年)=外野手部門2位=だった。後に首位打者としてベイスターズを38年ぶりの日本一に導く「横浜の星」だった。

 平成が生んだニュースターと言えば、やはり外野手で最多得票の高橋由伸(93年)だろう。「根性」や「泥くささ」とは一線を画すハンサムボーイは、捕手部門1位で2歳上の高木大成(91年)を押しのける大活躍。1番打者を奪う形となったにもかかわらず、「何でか分からないけど、打てちゃう」と屈託なく笑って周囲をひやひやさせたという。

 高橋と同い年の名ショートが横浜の平馬淳(93年)=同部門2位=だった。現在は社会人の名門・東芝を率い、監督として日本一を目指す。

 桐蔭は90年代に4度も神奈川の夏を制する黄金時代を迎える。しかし97年に遊撃手部門1位の平野恵一(97年)が主将として甲子園に出場し、2年後の99年に6度目となる優勝を飾って以降、夏の甲子園からは遠ざかることになる。

 桐蔭と覇権を争っていたのが、監督部門で1位の渡辺元智率いる横浜だった。98年は右投手部門、一塁手部門でそれぞれ断トツの松坂大輔、後藤武敏ら最強世代が、春夏の甲子園を連覇。夏は今も伝説と語り継がれるPL学園(大阪)との延長十七回の準々決勝や、0-6から大逆転した明徳義塾(高知)との準決勝、そしてノーヒットノーランでの日本一決定と最後までドラマチックだった。

 渡辺と名参謀の小倉清一郎による指導が確立され、2000年以降は横浜がほぼ隔年で優勝していくことになる。08年の甲子園では2年生の筒香嘉智(09年)が1試合最多タイとなる8打点をたたき出すなど、大爆発。「松坂世代」の栄光を見た野球少年が、続々と横浜の門をたたく好循環が生まれていた。

 横浜という厚い壁を破ろうと挑んだ男たちもすごかった。横浜商(Y校)の山口鉄也(01年)=左投手部門3位=や、横浜商大の田沢純一(04年)=右投手部門3位、横浜創学館の秋山翔吾(06年)=外野部門3位=ら、後にプロの世界で飛躍する好プレーヤーも多く輩出されている。

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