時代の正体〈611〉北朝鮮の視点から見詰める 米朝首脳会談を前に|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈611〉北朝鮮の視点から見詰める 米朝首脳会談を前に

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  • 公開:2018/06/12 00:30 更新:2018/06/12 00:33
講演で北朝鮮の視点を語る李准教授=横浜市内

講演で北朝鮮の視点を語る李准教授=横浜市内

【時代の正体取材班=石橋 学】歴史的な米朝首脳会談が12日に実現する。朝鮮戦争の終結に非核化と、その行方を世界が見守る中、朝鮮大学校(東京・小平市)の李(リ)柄輝(ビョンフィ)准教授(朝鮮現代史)は「情勢を読み解くには現代史の文脈を押さえる必要がある」と説く。北朝鮮はなぜ米国との交渉を求め、どこへ向かおうとしているのか。北朝鮮の視点を見詰める。

 折しも今年、朝鮮半島に二つの政府が出現して70年を迎える。日本の植民地支配下にあった朝鮮民族は一つの国家の下に独立が果たされるべきだったが、米ソ冷戦下、大国の利害によって分断を余儀なくされた。

 朝鮮民主主義人民共和国(以下朝鮮)と大韓民国の両政府は互いが唯一の合法政府だと排他的に主張する関係にあった。統一を目指せば戦争の危機が高まり、平和を求めれば統一が遠のいてしまう。そんな相克関係の下に朝鮮半島は置かれることになった。

 この矛盾構造の中、1950年に朝鮮戦争が勃発。3年で停戦協定が結ばれたが、その後65年もの間、停戦状態のまま戦争は現在まで継続してきた。

 停戦協定は戦争再発防止策をさまざまに明記している。朝鮮、韓国・米国の双方が武器を持ち込まないよう、停戦委員会と中立国監視員団が主な港を監視するという条文がある。しかし、58年に米国は核兵器を韓国に持ち込んでいる。協定はわずか5年で形骸化した。停戦状態とは双方が協定を守って停戦が成立しているのでなく、朝鮮半島における軍事バランスでかろうじて停戦が維持されているに過ぎなかった。

 詳しく言えば、世界最大の軍事超大国である米国、朝鮮の4倍の軍事費を使っている韓国、その後ろに控える日本を含めた日米韓の巨大な軍事力をもってしても、軍事オプションを行使できないよう、朝鮮側が一定の抑止力を備えておかなければならなかった。いわば瞬間瞬間の平和の連続が65年に及ぶ停戦状態の実相だった。

 だが、90年代に入り朝鮮の核の傘となってきたソ連は崩壊し、中国は韓国と国交を結んだ。朝鮮半島と周辺大国はみな核保有国であるか、核の傘に入り、朝鮮のみが丸腰の状態に置かれることになった。そうした中で朝鮮は核武装の道を選ばざるをえなかった。

平和を求め核開発


 戦時状態の終結には交戦関係にある米国と話し合わなければならない。74年に平和協定締結を求めて以降、朝鮮は和平交渉を求めてきたが、米国は受け入れようとしなかった。

 米国にとっては戦争でも平和でもない「程よい緊張状態」を保てば、韓国と日本に武器を売り込むことができ、軍産複合体は潤う。共和党政権は軍産複合体を支持基盤としており、こうした構図が続いてきた。

 毎年春夏に展開されてきた米韓合同軍事演習も朝鮮の攻撃に備えるものではなく、それ自体が朝鮮の体制転換を狙う戦術だった。全ての国力を投じて停戦状態を維持している朝鮮に軍事的圧力をかける。朝鮮はさらに国力を軍事に注がなければならなくなる。朝鮮の体力をそぎ落とすことを目的とした軍事演習だった。

 そうした状況で朝鮮は核開発へ踏み込んだ。金正日総書記時代は核開発と対米交渉を並行させてきた。核放棄に向け94年の枠組み合意や2005年の6者合意などの結果もみた。国際社会は米国との合意を朝鮮がほごにしたとみなしているが、クリントン政権もブッシュ政権も究極的には朝鮮の体制転換を求めてきた。いずれ政権は崩壊する、崩壊させるという強い意図を一方で持ちながら交渉してきた。よって朝鮮は米国の敵視政策を転換し得なかった。

 金正恩政権は交渉よりも核ミサイル開発にかじを切った。核武装しなければ米国から国を守れない。米国と対等に交渉できない。13年には核開発と経済建設を並行して進める並進路線を採択した。米国本土を攻撃でき、核弾頭搭載可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させ、米国と交渉する。停戦状態を終了させ、朝鮮半島に平和の秩序を築く。これが朝鮮の戦略だった。

軍事優先から決別


 では、とりわけ16年、17年と核ミサイル開発に邁進(まいしん)してきた朝鮮がなぜ、今年に入って一気に対話局面にかじを切ったのか。

 金正恩委員長の国家戦略は「社会主義強国の建設」だ。国力がなければ民族の自主権は担保されない。このビジョンを理解するには、周辺大国に囲まれた朝鮮の地政学と、大国の干渉に翻弄(ほんろう)されてきた朝鮮民族の近現代史を想起する必要がある。

 ここで言う国力とは科学技術の力とそれを担う人材の力だ。科学技術立国と教育立国が金正恩時代の朝鮮の姿となっていくだろう。これまで米国と対峙(たいじ)する中で技術や人材、すべての国財が軍事に費やされてきた。軍事的対立により国力がそぎ落とされてしまう時代と決別しようと金委員長は考えている。実はその考えは就任当初から明示されてきた。

 核ミサイル開発のギアが上がった16年以降、変化は静かに進んでもいた。36年ぶりの朝鮮労働党大会がこの年に開催され、国家最高機関と位置づけられてきた国防委員会が廃止され、国務委員会が新設された。権力の中枢から職業軍人の姿が消え、テクノクラートが登用されるようになった。南北対話や積極的な外交政策の推進に向け、機構の改編も行われた。

 並進路線も4月20日の朝鮮労働党中央委員会で終了が宣言され、核ミサイル実験と並行して動いていた経済、南北統一、外交重視という政策が伏流から本流になろうとしている。

 金委員長は平昌五輪を機に南北間で特使交換を行い、その過程で南北首脳会談、朝米首脳会談の設定に成功した。悪化していた関係の修復に自ら中国を電撃訪問した。目まぐるしい外交展開を通じ、朝鮮戦争の主要当事国である南北朝鮮、米国、中国という4者の枠組みができた。4者の間では朝鮮半島の恒久平和のために朝鮮戦争を終結させるべきだというコンセンサスも形成されている。

日本の独自外交を


 朝米会談では最低でも板門店宣言で示された、朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終結・恒久平和体制の構築をディール(取引)するという合意が共同声明として出されるだろう。

 懸念もある。朝鮮が求める朝鮮半島の非核化とは、韓国に対しても核がないか検証を求め、今後も核を持ち込ませず、核の使用権を握る駐韓米軍の撤退を求めるというものだ。戦争が終結すれば国連軍司令部も解体される。横田基地(東京)に置かれている後方司令部もなくなる。国連軍を媒介に日韓をまたぐ多国間安全保障体制、同盟体制の根底が問い直しを求められる。こうした要求を軍産複合体に支えられる米国の強硬派が承服するだろうか。...

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