【横浜大空襲73年】平和つなぐ(10)託された詩人の小説|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【横浜大空襲73年】平和つなぐ(10)託された詩人の小説

「真昼の夕焼け」の稽古にいそしむ五大路子さん(左)と大和田悠太さん=横浜市港北区

 10年前、ハマっ子の俳優五大路子さんの手元に横浜ゆかりの詩人筧槙二さんの短編小説集「真昼の夕焼け」が残された。

 本が届いたのは2008年4月。五大さんがお礼の電話を入れると、筧さんは発行日のわずか4日後、急性心不全で亡くなっていた。77歳だった。

 同名の小説は、1945年5月29日の横浜市神奈川区が舞台。15歳の中学生「健二」は勤労動員の工場から自宅へ帰る途中、東神奈川駅前で横浜大空襲に巻き込まれる。

 「空の要塞(ようさい)」と呼ばれた米軍爆撃機B29から落とされる無数の焼夷(しょうい)弾と戦闘機の機銃で大勢の人たちが目の前で命を落とす中、助けを求めた女学生とともに命からがら逃げ回る。自宅へと彼女が1人向かった先には、黒煙の闇の間から夕焼けのような真っ赤な火炎が燃えていた-。

 「われわれの世代がいなくなったらみんな忘れ去られる事柄だなという思いがあった。(中略)こんな人生もあったんだんだぞ、お前たちは戦争をするなよ、と子どもたちに伝わるものがあれば、満足」。あとがきにはそう記されていた。

 作品は自らの空襲体験を基に凄惨(せいさん)な現場を迫真力ある描写で表現していた。五大さんは枕元にこの本を置き、何度も読み返しながら「私は何もしないでいいのか」と、ずっと考えていた。

 7カ月後の08年11月、自ら座長を務める横浜夢座のメンバーとともに「真昼の夕焼け」の読み芝居を中区のべーリックホールで開いた。五大さんをはじめメンバーの世代は戦争を体験していない。朗読を前に全員でしたことは横浜大空襲を学ぶことだった。

 筧さんは、焼夷弾が「ざあーッという夕立ちのような音」で降り、「一瞬の震動がくると、ぽんぽんと物のはじける音」が包み込んだと表現していた。焼夷弾が落ちるときはどういう音なのか。「火の海」とはどういう状態か。疑問が出るたびに五大さんの92歳になる母親をはじめ多くの体験者に聞いたり資料を調べたりして、市内で公演を重ねた。

 主人公の健二役に、俳優として歩み始めたばかりの長男大和田悠太さん(36)を抜擢(ばってき)したのは、初めて子どもたちの前で披露した16年6月の市立鴨居中学校(緑区)での公演だった。

 「やってみたくない? というより、やってくれない?」。母であり俳優の五大さんの言葉に、悠太さんは戸惑った。

俳優親子と読み芝居
わが身通し言葉紡ぐ


 「健二さん、大変な思いをされましたね」

 横浜大空襲の実体験を基にした短編小説「真昼の夕焼け」(筧槙二作)の読み芝居を終えると、主人公の健二役を演じた俳優の大和田悠太さん(36)の元に、一人の男子生徒が近寄ってきた。2016年6月、横浜市緑区の市立鴨居中学校で約200人の生徒に披露した時だった。

 読み芝居は出演者と音楽だけのシンプルな舞台。観客は目に映る映像から情報を得るのではなく、聞いた内容を頭の中で映像化して「体験」する。上演時間は約45分。出演者は息遣いや心臓の鼓動を観客に伝える。そして、互いに想像力を膨らませてゆく。

 あり得ない話ではあるが、この男子生徒は空襲の死線をくぐり抜けた健二が、目の前にいる悠太さんと思い込んでいるようだった。「子どもたちが素直に反応してくれる」。初出演した悠太さんは読み芝居の力強さに驚いた。

 悠太さんは俳優の大和田伸也さん、五大路子さん夫婦の長男。両親の演劇を見た観客たちが喜びながら元気に帰ってゆく姿を目の当たりにして、幼いころから俳優を志した。

 「主人公と年齢が近いから」と五大さんに促された健二役。しかし若さゆえに読み芝居は不安だった。ただ、「真昼の夕焼け」を何度も読み返すうちに「自分が演じたい。自分から発信したいと思った」。

 わが身を「器」にして、健二の役になりきる。そして「こういう出来事が過去にあったし、これからも起こりえる。それを知るきっかけになってほしい」。
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 「真昼の夕焼け」を上演したのは演劇集団「横浜夢座」だ。主宰する五大さんは立ち上げ前の1996年から、ひとり芝居「横浜ローザ」の公演を続けている。顔を真っ白に塗って戦後の横浜に立った伝説の娼(しょう)婦(ふ)メリーさんを題材にした不朽の作品として根強い人気を誇る。

 米ニューヨーク公演を成功させた2015年、観劇した15歳の米国人の少女が「ローザは私のヒーロー。何があっても負けずに立ち上がって生きた」と語った言葉に、五大さんは目が覚める思いがした。これまでは作品を演じることに集中していたが、戦争を広く子どもたちに伝えなければとの使命感が芽生えた。

 五大さんの脳裏にふと浮かんだのが、08年から演じ続けている「真昼の夕焼け」。市内の子どもにも見てもらいたい-。16年の鴨居中での公演を皮切りに、同年からは磯子区民文化センター杉田劇場が主催し、200人規模の児童を対象にした「アート体験塾」での公演が始まった。今年は市内3小学校が22日に観劇する予定だ。
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 子どもたちには自分らしく、もっと自由に想像力を働かせてほしい-。五大さんは観劇を通じて「彼らは自分でものを見て、自分の心で判断できる人間になっていくことができる」と信じている。

 だからこそ、感受性豊かな子どもたちに戦争のことを語り掛けたい。「生きている命を感じながら、今を生きることの大切さに向き合い、そしてかみしめてほしい。こんなことは二度とあってはならないって」

 「真昼の夕焼け」を著した筧さんはこの世にいない。だが「彼の言葉を紡げるのは私たち。若い悠太たちの世代がしっかりと受け継いでくれているのがうれしい」。

 五大さんは市内の学校を訪れての定期的な上演も夢見る。「子どもたちには生の朗読で心を震わせるという体験を味わってもらいたい。そして平和の尊さに思いを巡らせてほしい」  =おわり

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