時代の正体〈599〉傾聴する姿勢、欠如の末|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈599〉傾聴する姿勢、欠如の末

憲法学者・南野森さん(中)緊急事態条項

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/05/18 11:00 更新:2018/05/20 00:12
【時代の正体取材班=田崎 基】安倍晋三首相が言及した改憲項目に「緊急事態条項」の創設がある。憲法学者の南野森・九州大教授は「現行憲法の規定で全く困らない」と断言する。既に憲法上には緊急事態を想定した条項があり、かつ法整備も進んでいるのがその理由だ。足りないのならまずは法改正を進めるべき-。それにもかかわらず「改憲」を掲げる姿勢に、「改憲」それ自体が目的化した倒錯が透けて見える。


 大規模災害と衆院議員の任期満了が重なることを懸念しているようだが、憲法には「参議院の緊急集会」が定められている。法律でも緊急事態に対応する制度は災害対策関連が整えられている。

 こうした制度になっているのは、緊急事態が起きたとき行政権に権力を集中させるとかえって暴走の危険があると憲法が想定しているからだ。そのために参院議員の英知で乗り切るという発想を取っているのであって、そのことには問題がない。

 それ以前に、そもそも想定している事態に飛躍があるのではないか。つまり衆院選の最中、あるいはその直前に、日本の全域が甚大な被害を受けるような大規模災害が発生することを想定して「改憲しなければならない」と言っている。それはちょっと現実離れしているのではないか。

空論


 裏にある狙いとして「緊急事態条項を入れたい」がために議論を持ち出しているような気がしてならない。こうした議論がまかり通るとなれば、仮に未確認飛行物体(UFO)が攻めてきたときどうするか、そのために改憲は必要か、などと言うのと似たようなもので具体性を欠く空論のようだ。

 そのような自然災害の被害は想定しがたく、過去にも例がない。大規模災害は起きるにしても基本的には部分的に被害を受ける。対応は公職選挙法の規定を整えれば乗り切れるはずだ。

 自民党の条文案は大規模災害だけを想定しているが、他国からの武力攻撃を想定するとなると話は違ってくるかもしれない。仮に日本が東西南北から一斉に攻められるとなれば、確かに選挙どころではないということになるだろう。

 しかしそのような状況に陥っているとしたら、もはやどうしようもない状況であって、憲法を含む法の支配、国家自体が吹き飛びかねない状況ではないか。そのような状況まで想定して憲法に漏れのないように規定することは、不可能ではないにせよ、相当な困難を伴う。そして、その規定を悪用する政権が将来現れたときのことを考えると、この論点もまた、今ある法制度では対応できないのかどうか、法律改正では対応できないのかどうか、参議院の緊急集会制度では対応できないのかどうか、と順番に丁寧に考えていく必要がある。

 このように考えてみると、現在提案されている緊急事態条項の議論は、やはり憲法の不備や、想定外の1カ所を何とかして見つけ出し、是が非でも憲法改正に持っていきたいというだけの話に思えてならない。

濫用


 法というものは完全に全てのことを想定することはできない。現実には想定外の事態が起きる。そのとき人類は歴史的に超法規的措置をとって乗り越えてきた。しかし一方でそれを簡単に認めるわけにはいかない。緊急事態条項はこうした緊張関係の中にある。

 そしてその定め方次第では権力者による濫用(らんよう)の危険性が付きまとう。戦後でも、例えば1960年代のフランスでドゴール大統領が濫用した事例がある。

 本当に緊急事態条項を憲法に盛り込むのであれば、多分野の専門家から幅広く意見を聞き入れた上で、時間をかけた慎重な議論が欠かせない。

 自民党による条文案では「緊急事態」を自然災害に限定し、私権の制限や議員の任期延長が盛り込まれている。

 この「任期の延長」も要注意である。...