〈時代の正体〉「元の学校に早く戻すべき」 北綱島支援校退任の校長|カナロコ|神奈川新聞ニュース

〈時代の正体〉「元の学校に早く戻すべき」 北綱島支援校退任の校長

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/03/30 20:40 更新:2018/03/30 20:53
【時代の正体取材班=成田 洋樹】学校再編問題に揺れた横浜市港北区の市立北綱島特別支援学校の村上英一校長(61)が3月末で退任する。市立肢体不自由特別支援学校をこれ以上増やせないという市教育委員会の判断で同校は2019年度から市立上菅田特別支援学校(保土ケ谷区)の「分校」に衣替えする。子どもの学ぶ権利を脅かす閉校計画に端を発し、保護者や学校現場の疑問や不安を顧みることなく進められた分校化決定まで2年半。渦中にあった校長は当事者不在の教育行政に疑問を投げ掛け、最後に訴える。「早く元の学校に戻すべきだ」

 「北綱島、大好きです。ありがとう」。17年度最後の登校日となった23日、ホールで在校生に向かって声を張り上げた。別れのあいさつだった。

 数日前に退任を知らされた保護者の多くが駆け付けていた。引き続き在職することに期待を寄せていた母親の一人は涙が止まらない。「市教委の方針に従わざるを得ない立場なのに、閉校撤回を求める保護者の活動に理解を示し、常に私たちの側に立ってくれた」。多くの保護者に共通する思いだった。

 閉校計画が明らかになったのは、村上校長が着任した15年度の半ば。定年を迎えた16年度に続いて17年度は再任用で校長職を担い、再編問題に向き合ってきた。いまを一つの節目として心残りがありながらも一線から退くことを決めた。

 保健体育科教諭としての道を主に歩み、特別支援学校では15年務めた。市教委の施策を疑問に思うことはほとんどなく、難しい課題があっても取り組んできた。しかし、北綱島の閉校計画だけは違った。「子どもの実情を踏まえない、あり得ない計画だった」

 人口が増えている市北東部が支援校の空白区域になる上、通学距離が伸び、体力的に通いづらくなる子どもが増えるのは目に見えていた。憲法で保障された学ぶ権利が奪われかねない計画だった。

 同校は、重度の重複障害がある子が少なくない。たんの吸引や胃ろうなどの医療的ケアが必要な子の割合は市立肢体不自由特別支援学校5校の中で最も高い7割に上る。短命とされる難病で、死と隣り合わせの子もいる。子どもたちの日々の様子に気を配り、保護者と密にやり取りしながら、子どもの命を守り、学びを支えることが求められる。

 分校移行後は、遠く離れた上菅田本校校長と北綱島分校管理職の「二元体制」で学校運営がなされる。児童生徒数が200人規模の上菅田の校長が北綱島の約70人の子どもたちの体調変化や学習状況を細かく知ることは難しい。村上校長は「北綱島は医療的ケアが欠かせず体調急変のリスクがある子どもが多い。分校という変則的な形で運営するのは適切ではない」と指摘する。

 その胸にわだかまりとして残るのが、特別支援学校の現場を熟知する教員経験のある市教委職員らがいてどうして、学ぶ権利を奪いかねない閉校計画をまとめ得たのかという疑問。「あり得ない計画が白紙撤回されず、分校という形にとどまる結果となったことに複雑な思いが残る。子どもたちが安心して通える場にするためには、近い将来、元の学校に戻すべきだ」

 再編を巡る論議で市教委の説明には「子どもたちや保護者の存在が置き去りにされていると常に感じさせられた」。だからこそ学校現場へのエールに力がこもる。「子どもの教育と健康を第一に考える、当たり前の教育を引き続き実践してほしい」

◆横浜市立肢体不自由特別支援学校の再編整備問題 市教育委員会が2015年9月に公表した計画では、上菅田特別支援学校の「過大規模化」解消策として、19年度に左近山特別支援学校(旭区)を新設。敷地が狭く将来的に増築ができないことなどを理由に北綱島特別支援学校は閉校とし、在校生は別の特別支援学校に転校させるとしていた。保護者側が閉校撤回を求めたことに対し、市教委は「特別支援学校の整備は本来、県の役目」「市立肢体不自由特別支援学校は5校が限度」との姿勢を崩さず、分教室案や分校案を提示するなど対応が二転三転。市会は2月、分校移行について盛り込んだ条例改正案を可決した。


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