将棋のはなし(48)異常な環境下での大一番|カナロコ|神奈川新聞ニュース

将棋のはなし(48)異常な環境下での大一番

日本将棋連盟指導棋士五段、本紙将棋担当記者

【2018年3月11日紙面掲載】

 あの日、東西の将棋会館では順位戦B級1組の最終局が行われていた。ある者はA級昇級を懸け、ある者は残留を懸け、どちらにも絡まない者は来期の順位を少しでも上げようと戦っていた。

 度重なる中断を経て、対局は続行された。議論はあったと思うが、指し始めた将棋を延期するのは難しい。ましてやリーグ戦の最終局だ。やむを得ない判断であろう。

 2011年3月11日、私は午後2時46分を関内駅近くの飲食店で迎えた。すぐ本社に戻り、信じられない映像の数々を目にすることに。現実とは思えない光景から逃避するため、雑然とする編集局で順位戦のネット中継を眺めていた。

 勝った方がA級昇級という大一番を戦っていた松尾歩八段(37)=当時七段=は、持ち時間を大量に残して敗れた。

 彼とは何でも話せる仲で、互いにプライベートな悩みも打ち明けてきた。しかしあの日の話をしたことは一度もない。変な同情はかえって失礼だろう。それに何か言っても「条件は相手も同じ」「弱いから負けた」と答えるだろうから。

 彼はその後、A級には一歩届かない成績が続いた。「昇級を懸けた将棋」はあの時だけである。一度は上がってほしいと切に願う。友人として、異常な環境下での敗戦が唯一のチャンスになってほしくないのだ。

 昨年は竜王戦で挑戦者決定戦に進出する活躍を見せた。次は順位戦だ。来期こそA級に上がってごちそうしてね。

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