忘れられない「怒涛の攻撃」 日大三監督 小倉全由|カナロコ|神奈川新聞ニュース

忘れられない「怒涛の攻撃」 日大三監督 小倉全由

全国のライバル編 55/100

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/03/08 02:00 更新:2018/03/08 02:00
神奈川高校野球100回大会 「怒涛(どとう)の攻撃っていうのは、こういうことだと思ったね。あんなのは初めて。自分たちも取れるときに何点でも取っておかないと勝てない、と本当に勉強させてもらいました」

 日大三を2度の全国制覇に導いた小倉全由(60)が実感を込めて語った一戦がある。

 2001年の全国選手権大会準決勝。夏の初制覇を狙う西東京代表は横浜と相まみえていた。試合は六回を終えて6-2。「前半はうちががんがん打った。もう一方的だった。それなのに…」

 七回。1年生の荒波翔(横浜DeNA)が一、二塁間を破る2点タイムリーで6-4。九回。またも荒波の三塁打などで6-6。流れは完全に横浜側に傾いていた。「ぐわぁーっと本物の強さで押してくる。自分がやってきた中で、一番すごいと思った攻撃だった」

 だが、勝負は意外な形で決する。なおも1死三塁。横浜の監督・渡辺元智のサインはスクイズ。しかし、円谷英俊(元巨人)のバントは高く舞い上がり、キャッチャーミットへ。三走も飛び出したダブルプレー。形勢は、一瞬で逆転した。

 その裏に日大三はサヨナラ勝ち。そのまま決勝も制し、9回目の出場でついに深紅の大優勝旗を手にした。「本当にたまたま。あのスクイズを決められたら負けていた。ただ、あそこで勝てたことが、僕の最高の財産になりました」

 その秋には、都築克幸(元中日)内田和也(元ヤクルト)近藤一樹(ヤクルト)千葉英貴(元横浜)の4人がプロ入り。小倉自身も「打線の破壊力は日本一だった」と振り返る「強打の日大三」の歴史が動きだした。
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