氷川丸三姉妹 平安丸に見る戦争|カナロコ|神奈川新聞ニュース

氷川丸三姉妹 平安丸に見る戦争

西太平洋で撃沈 水中写真横浜で公開

貨客船「平安丸」。氷川丸級の3番船にあたる(日本郵船歴史博物館提供)

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 日本郵船が1930年に建造した1万2千トン級の貨客船「氷川丸」には同型の姉妹船がいた。「日枝丸」そして「平安丸」。“三姉妹”は太平洋戦争で旧日本軍に徴用され、病院船となった氷川丸を除いて西太平洋で米軍の攻撃を受けて沈没した。瑠璃色の海に眠る平安丸の水中写真が横浜の博物館で公開され、戦争の記憶が薄れつつある中で関心が寄せられている。

 氷川丸は30年4月、2番船の日枝丸が7月、3番船の平安丸は11月に竣工(しゅんこう)した。3隻とも同じ図面に基づいており、それぞれ氷川神社、日枝神社、平安神宮と、アルファベットのHで始まる神社にちなんで命名された。

 日本と北米を結ぶシアトル航路でそろって活躍したが、41年の日米開戦で休止に。日枝丸と平安丸は旧海軍の「特設潜水母艦」に改造された。潜水艦の補給や修理、乗組員の休憩スペースとして使われ、船倉には魚雷や弾薬が格納された。

 西太平洋チューク(旧称トラック)と本土などを結ぶ輸送任務に従事した平安丸は44年2月のトラック大空襲で撃沈。のちに輸送船となった日枝丸は43年11月、トラックに向かう途中で米潜水艦の魚雷攻撃を受けて深海に沈んだ。

 平安丸はトラック環礁内の水深16~37メートルと比較的浅い海底に横倒しになっており、船内外はダイビングスポットとなっている。水中写真家や現地の日本人ダイバーらが撮影した船体や機関室、船内備品などの写真が横浜市中区の日本郵船歴史博物館で展示された。

 横浜港で係留保存している氷川丸と比較すると、機器や計器類などは同じ製品が使われるなど共通点が多いことがうかがえる。

 戦時中の沈没船は激戦地だった場所で多く存在し、平安丸は比較的原形を残すが、老朽化が進んでいる。同館の学芸担当小川友季さんは「平安丸は国の重要文化財でもある氷川丸と見比べることができることが貴重」としている。

 沈没から74年を迎えた平安丸に注目した日本郵船歴史博物館の企画展「グランブルーの静寂~もうひとつの氷川丸~」は4月22日まで。問い合わせは同館電話045(211)1923。

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