ハマの発展、銭湯と共に 市歴史博物館で企画展|カナロコ|神奈川新聞ニュース

ハマの発展、銭湯と共に 市歴史博物館で企画展

番台(右端)などが展示されている「銭湯と横浜」展=横浜市歴史博物館

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 横浜市歴史博物館(同市都筑区)で、戦後以降の横浜で銭湯が果たした役割をたどる「銭湯と横浜 ちょっと昔のお風呂屋さんへようこそ!」展が開かれている。誰もが通ったころから、家に風呂があることが当たり前になった現代までを追い、銭湯の栄枯盛衰が街や市民生活の発展とどう関わったかを読み解いている。

 自宅に風呂がなかった時代、市民の健康と公衆衛生を下支えしていたのが銭湯。それだけでなく、横浜の地域性と密接に関わる存在でもあった。

 それを示すのが、1968年の「横浜市浴場協同組合員名簿」にある347軒の銭湯を、同市の地図上に落とし込んで作成した「横浜銭湯マップ」だ。

 銭湯は工場が集積している鶴見区の海側や、神奈川、西、中の各区の臨海部に集中している。その一方、現在の青葉、都筑区にはない。「両区の地域は農家が多く、自宅に風呂がある」(同博物館)家庭が多く、銭湯を必要としなかったためだ。「労働者が住む地域と農村部エリアが分かれていたことが銭湯の分布から見え、街の特徴や歩みが分かる」という。

 50年代の中乃湯(西区)で働く人たちの仕事ぶりを撮影した写真や、北陸、新潟出身者と横浜の銭湯の関係についての資料なども展示。廃業した銭湯で使われていた番台に座り、営業していたころの動画を見ることもできる。

 最盛期の60年代から80年代半ばまで300軒を超えた横浜の銭湯は、現在は69軒まで減少している。同博物館は「街の発展は商工業の生産額などで示されることが多いが、働く人の存在なしには語れないもの。銭湯をキーワードにひもといてみてほしい」と話す。

 3月21日まで。無料。月曜と2月13日は休み(同12日は開館)。問い合わせは、同館電話045(912)7777。横浜開港資料館(中区)でも連携企画展を開催している。

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