時代の正体〈574〉傷の深さ思い至らず 条例はなぜ必要か(2)|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈574〉傷の深さ思い至らず 条例はなぜ必要か(2)

ヘイトスピーチ考

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/02/09 00:32 更新:2018/02/09 00:32
時代の正体取材班=石橋 学】市民団体「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」に第22回神奈川県弁護士会人権賞が贈られた4日、式典に続いて同会人権擁護委員会(本田正男委員長)の主催で「ヘイトスピーチ規制を国際水準で考える 川崎の実例を踏まえて」と題するシンポジウムが開かれた。講師の一人でジャーナリストの中村一成(イルソン)さんは、差別主義者による朝鮮学校襲撃事件から被害の実態と課題を語った。

 京都朝鮮第一初級学校が差別主義者のヘイトスピーチにさらされた事件と訴訟を追った「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件-ヘイトクライムに抗して」(岩波書店)を著した。被害者の肉声を通して最も伝えたかったのは、当事者と非当事者の「非対称性」だったという。

 ある属性を持つ不特定多数に向けられるヘイトスピーチは、同じ属性を持つ人たちにも被害をもたらす。この害悪がマジョリティーの非当事者になかなか理解されない。

 まず、子どもたちに何が起きたか。取材で聞き取りを始めたのは事件の3年後だったが、認識の甘さを思い知った。

 小学生の子どもたちがおねしょや夜泣きをする。廃品回収のトラックの音にパニックを起こす。水の流れる音ですら怖くて、トイレに行けない。日本人に会うのを避け、通学路を変える。急性ストレス症状を引きずり、事件の記憶が呼び覚まされるものを回避するようになっていた。

 大人も同様だった。いつまた襲われ、子どもに何かをされたら取り返しがつかないという不安と恐怖。朝鮮人が胸張って生きるのは悪いことではないと送り出したはずの朝鮮学校で、最悪の被差別体験をさせてしまったという罪責感にもさいなまれていた。

 この社会で自己実現ができているという自己肯定感、事が起きたら公正な裁きや対処がある、困ったことがあれば誰かが助けてくれるはずだという社会への信頼が失われた。

 保護者たちは1980年代以降、朝鮮学校の処遇が徐々に改善されるのを目の当たりにし、自分の子どもたちの時代にはもう少し「まし」になると思っていた。ところが、以前でもあり得ない言葉を投げつけられるようになり、予告された2回目、3回目の襲撃を阻止するほどのカウンターも集まらなかった。そうして、他人からむやみに攻撃されないという前提がたたき壊されるという絶望に突き落とされた。

生存の危機


 龍谷大人権問題研究会のプロジェクトのメンバーとして朝鮮学校生ら約1400人にアンケートを実施した。8、9割がヘイトスピーチの法規制が必要と回答。ヘイトデモ・街宣に抱く感情についてのある回答に目が留まった。

 怒りや恐怖を感じたという回答が多かったが、記述回答では「いつか殺される」「死ぬ」と5人もが生命の危機までをつづっていた。「(デモや街宣の参加者は)朝鮮人をいなくしてしまおうと思っている」と民族抹殺を想起したものもあった。

 直接攻撃にさらされた京都以外の学校の子どもが、在日朝鮮人という同じ属性を持っているがゆえに殺されると感じる。「表現の自由」を理由に、規制に慎重な学識者はヘイトスピーチを「不快な迷惑行為」と軽んじてみせるが、単なる不快な行為ではあり得ない。

 外国人登録法、出入国管理法で管理下に置かれ、そもそも在日外国人は法の下の平等を感じることができない。へイト暴力、ヘイト犯罪の被害は、被害者が社会的に低位に置かれているがゆえ、被害が余計にひどくなる。マジョリティーの非当事者が被害を理解しづらいのは致し方ない面もあるが、ここを乗り越えるのは想像力。同じ社会の構成員が苦しんでいる現状を、想像力で乗り越えていきたい。

 被害から救済、回復する方法も考えなければならない。京都事件の取材で私は何度も嘔吐(おうと)したが、裁判では精神的ストレスから不整脈を起こし、病院に運ばれた人が何人もいた。原告や傍聴人が「表現の自由」を主張する被告らが繰り返すヘイトスピーチにさらされるという二次被害を受ける。法廷がヘイトスピーチの場になっている。被害当事者の負担はあまりに大きい。

目指す世界


 2016年6月、ヘイトスピーチ解消法が施行された。不当な差別的言動は許されないとし、国や地方公共団体に解消のための施策を求める理念法。この国初の反人種差別法としての意義を認めつつ「あくまでスタートライン」と強調する。

 ヘイトスピーチを禁止し、罰則を設けなければならない。いまの解消法では現実の問題としてヘイトデモが止まらない。頻度は減ったが、東京では一極集中的に続き、関西でも実行されている。

 デモを率いる中心人物は朝鮮学校襲撃事件で逮捕され、有罪判決を受け、その後も事件を繰り返し、服役した人物だ。こういう人間がまだ活動している。人種差別団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)も政治団体「日本第一党」を名乗り、選挙演説と称して動画でインターネット上にアップしている。そのたびに被害者は事件当日に引き戻される。...

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