「松坂世代」まだ終わらせない 横浜高校 松坂大輔(下)|カナロコ|神奈川新聞ニュース

「松坂世代」まだ終わらせない 横浜高校 松坂大輔(下)

スーパースター編 30/100

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/01/31 02:00 更新:2018/01/31 02:00
神奈川高校野球100回大会 1998年に横浜が成し遂げた甲子園春夏連覇の輝きは、20年がたった今でもまったく色あせない。横浜DeNAベイスターズの後藤武敏と小池正晃が、松坂大輔と過ごした青春時代を語り合った。

 -高校野球100年の歴史でも、やっぱり松坂は特別な存在ですか。

 小池 たまたま、松坂がいたという話。大輔がいて、チームが勝てたけど、大輔一人で勝ったわけじゃない。あの時の仲間で勝てた。

 後藤 特別な感覚はない。いて当たり前の存在だから。新聞やニュースを見て、やっぱすげえんだなという感覚だった。

 -2年秋から始まった連勝は翌年秋の国体で優勝する「44」まで続いた。2年夏の準決勝で横浜商(Y校)に敗れたことがきっかけだった。

 小池 あの大会も勝てると言われていたし、渡辺監督からは『おまえたち2年生のせいで負けた。だらしない』と言われた。全国に行くのは難しい。あの試合が全ての始まりになってくる。

 後藤 (サヨナラ暴投した)松坂の意識が変わって制球を磨いていたし、こっちも引っ張られるように練習した。練習試合は勝っても負けても「なってない」と監督に難癖をつけられたよな。

 小池 そうそう。大輔がいるから勝ったと言われたし、大輔も打たせたところが悪いとか、お互いにけなされていた。

 -その結果が春夏の甲子園の連覇につながる。

 後藤 選抜で優勝しても監督が『高い山に登るためには下山しないといけない』といったようなことをミーティングで言ってくれるから誰も天狗(てんぐ)にならなかった。

 -3年夏の東神奈川大会は緊張したのでは。

 小池 いや、ラストスパートの夏は楽しかった。俺たちは甲子園が目的だから、県大会期間は必死こいて練習して、練習後にみんなで学校のプールに入るのが楽しかった。甲子園からが本当のプレッシャーとの闘い。

 -ベストゲームは。

 後藤 (0-6から追い上げ逆転サヨナラ勝ちした)甲子園での準決勝、明徳義塾戦かな。最後は本塁でゴジ(小池)が泣いてたの。自分はサヨナラ勝ちって、分かってなくて。ゴジがむせていたから今でも覚えている。なかなか涙を見たことがなかったから。

 -松坂への思いが次のステージにつながる。

 小池 次の舞台(プロ)で大輔と試合をして打ちたいと思った。村田(修一、東福岡-横浜-巨人)ら全国で有名な選手は一度は大輔と真剣勝負をしている。その土俵に早く立ちたかった。

 後藤 松坂というナンバーワンを見ていたから、大学で相手がいい投手だと思っても、松坂以下と思えば、余裕をもって打席に入れた。その経験は大きかった。

 -当時のフィーバーはすごかった。

 小池 練習場も女子高校生に囲まれていたし、まるでコンサート会場。選抜を優勝した後は、いつも見られている意識を持つようになった。

 後藤 横浜駅を降りた瞬間に女子高校生が寄ってきて、人だかりができるような。普通に考えたら天狗になってもおかしくない。
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