時代の正体〈562〉岐路の憲法【3】 ほころび目立ち迷走|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈562〉岐路の憲法【3】 ほころび目立ち迷走

安倍改憲考

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/01/07 23:04 更新:2018/04/15 15:35
【時代の正体取材班=田崎 基】戦後初の改憲が現実味を帯びている。安倍晋三首相は憲法施行70年の節目の日に読売新聞紙上で「改正憲法2020年施行」の意向を表明、同じ17年5月3日には気脈を通じる右派団体の集会に同様のメッセージを寄せた。10月の衆院選では首相肝いりの「9条への自衛隊明記」を含む改憲4項目を掲げて圧勝し、衆参で発議が可能な改憲勢力3分の2を超える状況が続く。しかし、首相改憲案に目を凝らせば、そこには隠しきれないほころびが浮かび上がる。

都合のいい理屈


 安倍首相がビデオメッセージを寄せたのは、国内最大の右派団体「日本会議」が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが主催した集会だった。

 20年に新しい憲法を施行したいと表明し、こう続けた。

 〈1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する〉

 その理由に自衛隊は災害救助などで命を懸け「24時間、365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く任務を果たしている自衛隊の姿に国民の信頼は9割を超えている」と強調した。

 その上で「しかし多くの憲法学者や政党の中には自衛隊を違憲とする議論が今なお存在している。『自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば命を張って守ってくれ』というのはあまりにも無責任」と指摘した。

 胸を張って語られた内容はもっともらしいが、むしろ際立つのはその都合のいい理屈だ。

 安全保障関連法制を巡ってはほぼ全ての憲法学者が「違憲」だと批判したにもかかわらず聞く耳を持たず強行採決をしておきながら、「自衛隊」については考えを異にする憲法学者の違憲論に依拠して改憲の必要性を訴えるという倒錯。

 日米軍事一体化を強いる安保法制によって自衛隊が米国の戦争に巻き込まれる危険性を自ら高めておきながら、自衛隊違憲の論陣を張る憲法学者を安全保障の観点から「あまりにも無責任」と言い募る欺瞞。

 戦後の自民党政権が積み上げてきた政府解釈を破壊し、違憲の可能性がありながらもぎりぎりの一線を越えずに運用することで抑制されてきた自衛隊のありようを崩壊させようとする暴走の政治があらわになっている。

避けられぬ矛盾


 現行憲法は、日本の侵略戦争が国内外で多大な犠牲をもたらしたことから生まれた非戦の誓いだ。それを具現化したのが9条に規定されている「戦争放棄」(1項)「戦力の不保持」(2項)「交戦権の否認」(同)という3要素からなる平和主義に他ならない。

 軍事力を保有することを想定していない日本国憲法はだから1条から103条にいたるまで、どこにも軍事組織をコントロールする条文が存在しない。

 それを突如として、しかも平和主義の3要素を残したまま「自衛隊」を明記すればどうなるか。抑制の仕組みがなく、運用に歯止めがかからなくなる恐れがある。

 しかも、自衛権の内実が明らかにされぬまま議論が進んでいる。本来、明記される自衛隊が、同盟国を守るための集団的自衛権を有するのか否かが問われなくてはならない。

 14年7月に安倍政権は集団的自衛権行使を一部容認する閣議決定をし、それに基づき15年に安保法制を制定した。いまの政府解釈によれば明記される「自衛隊」は集団的自衛権を行使する自衛隊となる。

 だが現行9条1項と2項を残したまま、集団的自衛権を行使する自衛隊を憲法に明記すれば、憲法の中に矛盾を内在させることになる。むしろ憲法上許される自衛権の範囲は一層不確かな状況がつくり出されてしまう。

 そのとき、深刻な影響を受けるのは他ならぬ自衛隊員だ。紛争地で戦闘に巻き込まれたとき、武器使用が自衛か否かの判断に迷い、人の命を誤って奪ったり、あるいは自らの命を失ったりすることになりかねないからだ。

 自衛隊違憲論を一掃しようという改憲が、自衛隊員を危険にさらす恐れがある。こうして考えると安倍首相の提案がいかに思慮を欠き、その影響を軽視し、かつ改憲それ自体が目的化していることが透けて見えてくる。

 改憲の自己目的化は、9条改憲案だけではない。

 改憲項目の二つ目に掲げた「教育無償化」について、安倍首相はビデオメッセージでこう語った。

 〈世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、経済状況にかかわらず子どもたちがそれぞれの夢に向かって頑張ることができる日本でありたい〉

 そして「高等教育の無償化」について憲法に明記することを示唆した。

 だが教育無償化の実現は憲法問題というよりもむしろ財政問題だ。安倍首相が5月3日に持論を述べた後、自民党も検討したが17年末になって「無償化」という文言は消えた。予算を確保することが現実的に難しいからだ。

 三つ目の「大規模災害時の緊急事態条項の創設」、四つ目の「参院選挙区の合区解消」も同様の問題を抱える。必要であると考えるならまずは法整備や制度改正を目指すべきであって、それにもかかわらずあえて改憲で対応しようとする。なりふり構わぬ改憲への情念が浮かび上がる。

先行き見通せず


 安倍首相改憲案のいくつもの修復しがたいほころびは、自民党内の迷走も招いている。17年12月までに取りまとめるとしていた改憲案は「憲法改正に関する論点取りまとめ」という形にとどまった。自衛隊明記を巡っては安倍首相案の「1項と2項を維持」と、自民党が12年に策定した改憲草案に沿った「2項を削除」に意見が分かれている。

 20年施行に向けて描いていた改憲への道のりも綱渡りが続く。...

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