星の下に生まれて 東海大相模 原辰徳(下)|カナロコ|神奈川新聞ニュース

星の下に生まれて 東海大相模 原辰徳(下)

スーパースター編 3/100

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2018/01/04 02:00 更新:2018/01/22 15:09
神奈川高校野球100回大会 無類の実力に加え、端整な顔立ちと爽やかな言動。夢を追うために、父からのしごきを堪える「巨人の星」的な要素。原辰徳が持つ多面的な魅力は、とんでもないフィーバーを巻き起こした。

 東海大相模、東海大卒業まで7年を一緒に過ごし、辰徳の巨人監督時代は専属広報まで務めた津末英明が振り返る。「土日になると、ただの練習でも人があふれて学校内にある寮までの道が通れない。多い時は3千人も来たと聞いた」

 おおらかな時代も手伝ってのことだが、明らかに異常だ。「人気公害に苦しむ辰徳クン」。当時の神奈川新聞紙面には、この表現が何度も使われている。

 校外の人が来る文化祭に野球部は参加禁止。甲子園の宿舎でも外出は厳禁。混乱を避けるための我慢だったが、ナインには良いこともあったという。当時の主将、山口宏が笑う。

 「僕も3年間でファンレターが段ボール1箱分になった。チームでは3位ですね。自分の子どもに見せるつもりで取っておいた」

 津末は、高校から今に至るまで辰徳を最もよく知る一人だ。

 「高校の時はあいつが3番で僕が4番。いつも一番良い席で、あいつのすごさを見てきました」
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