時代の正体〈558〉9条改憲「いささか安易」 石川健治さん×高橋源一郎さん|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈558〉9条改憲「いささか安易」 石川健治さん×高橋源一郎さん

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/12/07 12:53 更新:2017/12/08 19:58
【時代の正体取材班=田崎 基】政治的発言を避けてきた憲法学者の石川健治さんが、声を上げるようになってから4年余り。しかし後悔はない。作家の高橋源一郎さんとの公開セミナーでは、安倍政権が立憲主義を破壊し続けていることに警鐘を鳴らした。憲法学を率いる鬼才の闘いはこれからも続く。

 高橋さん 立憲主義の危機に対して行動を起こした憲法学者の一人として、いまの政治状況をどう見るか。

 石川さん 「憲法が好きだ」とか「憲法を守るために」というのではなく学問の自律性を確立しようと研究してきた。それまでなおざりにしてきた概念の使い方や議論の構築の仕方を本格的にやり直してきた。

 だからいわゆる「運動的なもの」には一切関わってこなかった。むしろそうしたことから学問の自律性を守ることが自分たちの使命だと考えてきた。

 ところが、今から10年ほど前に先輩に誘われ植民地の研究に取り組むことになった。1930年代の朝鮮半島、特に(日本統治下、現ソウル特別市に設立された)「京城帝国大学」の法学者たちの闘いを研究した。

 テキストを読み込み、当時の研究者たちが見えない未来と向き合い格闘するさまを追体験していった。

 そうした側面で私にも歴史研究に貢献ができそうだということに気付き始めた。

 こうした一連の研究経緯がなければこの状況で発言することは不可能だった。つまり「ある状況」に直面し当時の法学者たちがどう格闘したか。研究の中で追体験したことが非常に役に立った。そのタイミングで現在の憲法状況がやってきた。

学者が立つとき


 私の師匠は憲法学者の樋口陽一先生(東大名誉教授)なのだが、その師匠は清宮四郎先生(東北大名誉教授、1989年死去)だった。学問の自律性を懸命に守ってきた人だった。

 樋口先生は清宮先生の言ったことを伝える形で弟子たちに三つのことを言っていた。

 「スケベ根性を出すな」

 これは政治に対して色気を出すなという意味。

 そして「嘘を書くな」「本物になれ」。

 特にスケベ根性についてはよく聞かされた。実はこれにはもう一つの概念が込められている。「しかしスケベではある」ということだ。つまり私たちは政治的に無能力者であってはいけない。いざというときに「発言することを避けてはいけない」ということだ。

 清宮先生も社会的発言の少ない方だったが岸内閣(57~60年)の時、改憲論が浮上したため立ち上がった。樋口先生も「いざとなったらミカン箱の上にだって立つ用意がある」と言っていたがおよそ立つ様子などなく私は高をくくっていたのだが、(安倍政権下で)本当に立ってしまった。

上からの「革命」


 なぜ立ったか。それは(2013年に)憲法改正手続きを定めた96条の改憲論が出てきたからだ。

 論理的にやってはいけない、革命を意味する改憲だと(憲法学では)いわれてきた改憲だ。革命を起こすのだと分かってやるなら理解できるが、全く分かっていない。なんたる不勉強。学者として憤りを感じる出来事だった。

 そして(13年5月に)樋口先生や長谷部恭男先生(東大大学院教授)らが「96条の会」を立ち上げた。私は参加を決めかねていたのだが、そんなときに長谷部先生から誘いが来た。

 「いざというときには立ち上がる準備はあるが、それがいまなのか分からない」。そう返信した。

 すると熱い返信が来た。

 「自分にも分からない。だが『後から振り返って、あのときがそうだった』と思うのは嫌だ。一緒にやりましょう」

 私にはいまも「あのときがそのときだったのか」分からない。しかしあのとき何もしなかったら後悔しただろうとは思う。

 それまでの禁を破り、立つようになった。

 高橋さん 96条は憲法改正の条件として各議院の3分の2以上の賛成で発議、と定めている条文。これを過半数に引き下げるという改正をしようとしていた。そうしたことをやろうとしていた安倍政権下でいま憲法が変わるかもしれない。

 石川さん 憲法改正手続きを使って、改正手続きを壊すということは、憲法で縛られている側が憲法を壊すということ。壊れたら新しい憲法を作ることになる。これは「新憲法」だ。

 しかし(安倍政権が)本当に変えたいのは9条だ。ところがとりあえず変えやすそうな96条に手をかけようとしたわけだがしかし一番高い壁だった、という間抜けなことをやった。96条改憲を押し通すことを許してしまったら日本国憲法の体制が壊れてしまう。

 ところがその翌年(14年)、9条の行方を左右するような大きな選択を閣議決定でしてしまった。これが(集団的自衛権行使を一部容認する閣議決定をした)14年7月1日だ。

 そして(この閣議決定を基にして15年に)国会が安全保障関連法制を強行採決し成立させた。本来96条で(9条を)改正しなければいけないはずのところを96条を使わずにやってしまった。結局は改正手続きを破壊したのだ。

 この時は国民に革命を起こさせようとしたのではなく、自分たちで上から壊した。法学上の広い意味でこれは「革命」に当たる。

 この一連の経緯には安倍政権の恐るべき一貫性がある、ということを指摘しておきたい。

難解だからこそ


 高橋さん こうした難しいことを詳しく語りだすと「まあ、いいや」となる。人の説明を聞きたがらない風潮がある。何か言うと「どうせ机の上のインテリ」と繰り返し言われる。

 憲法は根本的に考えるとものすごく難しい。

 法は見えない。触れられない。そのようなものについて考えるのは難しい。だが「難しいから聞かない」ということをやっていると、憲法は実は私たちの生活にダイレクトに結び付いている。大切なことは問いを絶やさないことだ。


 石川さん 法は書いてあることばかりでできているわけではない。(文言として)書くか書かないかは立法者の技術の問題でもある。日本国憲法は当時、法制局に非常に優秀な官僚がいたおかげでかなりよくできている。

 しかしミスもある。ではミスがあるから変えるのか。そうではなく「ミスがなかったらどうなるのか」と読まなければいけない。そこを補って運用するのは当たり前のことだ。

 そうして9条について考えてみると、書かれていないことも含めて目指してきた軍事力のコントロールは概ね成功してきたと言えるだろう。

 成功するには成功するだけのメカニズムがある。それがなんであるか...

COMMENTS

facebook コメントの表示/非表示

PR