〈時代の正体〉さらばツイッター ある在日コリアンの決別宣言|カナロコ|神奈川新聞ニュース

〈時代の正体〉さらばツイッター ある在日コリアンの決別宣言

記者の視点=デジタル編集委員・石橋 学

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/12/01 05:47 更新:2017/12/09 03:19

にじむ責任回避


 これまでがそうであったように、取材に応じれば、差別者たちの標的になるのは分かっていた。ヤフーで自分の名前を検索すると70万件がヒットする。見ず知らずの膨大な数の人々が、自分がいなくなることを願っているという信じがたい状況に押しつぶされそうになりながら、それでも「差別をなくす仲間を1人でも増やしたい」と声を届けてきた。

 「被害を伝える役割を果たすことで、差別のない社会の実現に少しでも役に立てればいいと思い、今回も引き受けた」

 想定外だったのは、一番仲間になってほしいと思っていた人物の発言だった。ツイッター・ジャパン代表取締役、笹本裕氏は番組の中で語った。

 「ヘイト自体は残念ながら、僕らの社会の一つの側面だと思う。それ自体がないものだとしてしまっても、実際にはあるわけですから、それ自体を認識しなくて社会が変わらなくなるよりは、それはそれで一つあるということを認識して、社会全体が(ヘイトがある現状を)変えていくことになればと思います」

 崔さんは絶句した。

 「ヘイトが社会の一側面だなんて、差別の存在を肯定しているようで、無責任」

 笹本氏は、ツイッターが悪用される現状に危機感を持っているという。だが、「ヘイトツイートを一律に削除することは、一企業の対応では限界があると感じています」というナレーションに続く発言からは、現状を追認することで、対処しきれない責任から目を背ける自己弁護しか伝わってこなかった。

 ヘイトを手軽に書き込めるツイッターのありようが問われているのに、社会全体が変えていけばいい? 人ごとのような物言いからは、自身が社会の一構成員であるばかりか、自社のサービスが差別の道具となり、差別がはびこる社会を形作っているという自覚も、痛恨も感じられない。

 ツイートを削除すれば、差別が見えなくなり、差別がなくならなくなる? 見えなくなるだけで、どれだけの人が救われるだろう。何より認識するべきは、ヘイトツイートが放置されてきた結果、あおられた憎悪が、身体的危害を加えるヘイトクライムの一歩手前まで肥大している危機的な状況だ。その当事者として示さなければならないのは、限界でも諦めでもなく、差別と断固闘うという姿勢であるはずだ。

 そもそもツイッターは利用規約でヘイト行為を禁止し、違反した場合はアカウントを停止すると定めている。1年前に応じた神奈川新聞のインタビューでは、「自由な声が発信されるのがツイッターのあるべき姿。それには安心安全な場でなけれはならない」「差別を放置すれば、助長し、加担することになる」とヘイト対策に意欲を示していた笹本氏だが、このたびの発言は、自ら語った理念も、自社ルールさえも覆す。たとえ編集された発言の前後で何を語っていようと、被害者の振り絞るような訴えを台無しにするものであった。

 やはりNHKのインタビューに初めて応じたというツイッターの創業者、ジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)も同じだった。

 「私は楽観主義者です。人類の未来はとても明るいと考えていますし、未来に直面するであろう問題は、人々の手で解決できると考えています。そしてツイッターには、そのためのコミュニケーションの場となってほしい。人類が進化するためには、私たちが抱える課題について議論し、その問題が重要なのかそうではないのか、理解する必要があります。そうすれば、正しい方向にエネルギーを向けられます」

 いま直面している問題への責任はやはり感じられない。ツイッター上にあふれる悪罵に沈黙を強いられ、コミュニケーションの場から排除されているのは誰か。差別を受け、表現の自由を奪われたマイノリティーが被害の声も上げられず、どうして「私たちの課題を議論し」「問題を理解」できるというのか。いつ実現するかもしれぬ明るい未来が訪れるまで、「出ていけ」「死ね」という迫害を甘んじて受け続けろ、というのか。

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