神奈川新聞と戦争(64)1933年 「演習は役に立たぬ」|カナロコ|神奈川新聞ニュース

神奈川新聞と戦争(64)1933年 「演習は役に立たぬ」

関東防空大演習を巡り「統制の訓練」と題した社説を掲載した1933年8月11日の横浜貿易新報

 本紙の前身、横浜貿易新報は1933年8月11日の社説で、関東防空大演習の目的を「統制」にある、と説いた。満州事変と「満州国」の設立によって日本は国際的に孤立していた。今こそ世界に正義を示すべきだ。有事の際には、冷静沈着な国民性を発揮すべきだ-。そんな内容だった。

 同日、長野県の信濃毎日新聞の社説も演習を取り上げた。演習の模様はラジオを通じて全国放送されていた。社説の題名は「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」、筆者は主筆の桐生悠々。

 「私たちは、将来かかる実戦のあり得ないこと、従ってかかる架空的なる演習を行っても、実際には、さほど役立たないだろうことを想像するものである」

 その筆は直截(ちょくせつ)だった。演習は役に立たない。理由は簡単で、木造家屋の密集地に爆弾を落とされれば、たちまち大火になるからだ。

 「敵機の爆弾投下こそは、木造家屋の多い東京市をして、一挙に、焼土たらしめるだろう」「平生如何(いか)に訓練されていても、まさかの時には、恐怖の本能は如何(いかん)ともすること能(あた)わず、逃げ惑う市民の狼狽(ろうばい)目に見るが如(ごと)く」「阿鼻(あび)叫喚の一大修羅場を演じ、関東地方大震災当時と同様の惨状を呈するだろう」

 桐生の主張はこうだ。いくら訓練しても火災の恐怖に直面した市民は冷静ではいられまい。そもそもそんな状況、つまり敵機の首都上空への侵入を許した時点で既に負けである-。

 「敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の敗北そのものである。この危険以前において(略)撃退しなければならない」「水をも漏らさぬ防禦(ぼうぎょ)方法を講じ、敵機をして、断じて我領土に入らしめてはならない」(引用は全て、井出孫六著「抵抗の新聞人 桐生悠々」の現代仮名遣い版から)

 桐生の指摘は至極まっとうだった。12年後、米軍の本格的な本土空襲は各地を「焼土たらしめ」、そして日本は「敗北」した。 

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