時代の正体〈548〉差別が壊す平和憲法|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈548〉差別が壊す平和憲法

ヘイトスピーチ考 記者の視点 デジタル編集委員・石橋 学

【時代の正体取材班=石橋 学】のれんをくぐるなり、いっぺんに3杯注文する常連もいるモツ煮込みが絶品な朝鮮料理店は、商店街のはずれ、昭和の面影残る街並みに溶け込むようにたたずむ。いつもぴかぴかに磨き上げられた厨房(ちゅうぼう)、盛り付けからして美しいキムチのたたずまいに丁寧な手仕事ぶりが伝わる。わが街でとびきりの「在日の味」にありつける幸せに浴する客の大半を日本人が占めるようになって久しい。40年来、店を切り盛りする在日コリアンのオモニ(お母さん)はしかし、最近こぼすのだという。

 「今が一番、生きづらい」

 病院の待合室。名前を呼ばれ、すぐに席を立つべきか否か、胸が早鐘を打つ。

 「朝鮮人であることが知られてしまったらと思い、立つことができなかった」

 戦後の日本に在日2世として生まれ、60年余り。旧植民地出身者とその子孫に与えられるべき権利を奪われたまま「二級市民」扱いされる差別ならずっとそうだった。それでも黙々と働き、子どもたちを育て上げ、孫の成長にささやかな幸せを感じる老境に差し掛かり、その身をこわばらせなければならないかつてない生きづらさ。身内に漏らした慨嘆は肩身の狭さ、働きづめに働いてきた全人生の否定といった次元ですらない。北朝鮮を「国難」と叫ぶ首相がいて、参政権が認められていないから傍観するしかない総選挙でその首相率いる自民党が大勝するという結果をみて、差し迫る生存の危機として語られている。

 憲法公布71年を迎えた3日、そのつぶやきに耳を澄ませ、私は稿を起こしている。

「私たち」


 白昼堂々「朝鮮人をたたき出せ」「ぶち殺せ」と叫ぶヘイトスピーチの取材を続ける私は「あんなひどいことを言っているのは一体どんな人たちか」と尋ねられることが少なくない。

 「私たちです」。即答すると大抵はけげんな顔をされる。自分は差別をしないし、いけないことと思っている。そう言いたげな表情が浮かんでいる。

 私は自分の体験から説明する。この10年、極右運動を主導してきた差別排外主義団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の創設者、桜井誠氏に「なぜ朝鮮人を嫌うのか」と問うたことがある。

 「地元の北九州市に朝鮮学校があって、子どものころによくけんかしたものだ。やつらは鉄パイプを振り回してくる。嫌いになって当たり前だ」

 そんな理由にならない理由で、と嗤(わら)うことはできなかった。重なる記憶があった。中学生のころ、横浜の朝鮮学校にまつわるうわさ話が伝わってきた。どこぞの中学の番長が朝高生にけんかを売られ、血だらけの目に遭ったらしい-。見たわけでもない話を疑いもせず「おっかねえな」などと教室で吹聴していたのである。

 聞けば、40代半ばの桜井氏と私は1歳違い。目の前にいる差別主義者の「カリスマ」も、どこからか降って湧いてきたわけはなく、同じ時代、同じ社会で、同じ空気を吸って生きてきた。どこか遠ざけてきた当たり前の事実を突きつけられたそのとき、ふいによみがえってきたのが幼少期、父から聞かされた言葉だった。プロ野球のナイター中継を見ていた家族だんらんのひととき、打席に立つ巨人の張本勲を指し、父は唐突に言った。

 「絶対にヒットを打つぞ。朝鮮人だから八百長してるんだ」

 10歳にも満たなかった私は、3千安打の大打者が「張(チャン)勲(フン)」という民族名を持つ在日2世だと知る由もなかった。「お前は子どもだから知らないだろうが」という物言いからは、それが差別であり、してはいけないことだという後ろめたさは感じられない。むしろ伝え聞かせるべきもの、親心から語られていた。

 朝鮮人は嘘(うそ)つきで、何をしでかすか分からない-。

 偏見に敵意さえ重ねたまなざしは脈々とこの社会で受け継がれてきた。過ちを反省することなく、過ちの結果生じた責任に向き合うことなく、である。

政治利用


 差別は権力者によってつくり出され利用される。利用するためにつくり出される。歴史はそう教える。放置した結果迎えた破局への歩みとともに。

 朝鮮人への差別は1910年に始まる朝鮮半島の植民地支配に一つの原点をみることができる。朝鮮民族は劣った存在であり、だからわれわれが代わりに統治する-。時の為政者は自らの専横を正当化するため偏見を国民に植え付けていったのだった。

 理不尽な搾取と抑圧は、仕返しされるのではないかという疑心を支配する側に芽生えさせる。身勝手な恐れが暴走した結果が23年の関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺だった。人を人と思わぬ見下しと猜疑(さいぎ)が「朝鮮人が暴動を起こしている」という流言を信じ込ませ、市井の人々を「やられる前にやってしまえ」と凶行に駆り立てた。

 軍隊や警察が自ら手を下したことで拍車を掛けた虐殺を日本政府は隠蔽(いんぺい)し、人々もほおかむりを続けた。無反省の果てに「戦争の時代」を迎えることになる。無辜(むこ)のアジアの人々の命を奪った罪に無自覚でいられる差別意識が温存されたからこそ、大陸における残虐な侵略戦争も、戦争を支える朝鮮半島からのさらなる収奪も可能だった。反省なき国家が迎えた破滅は必然の帰結だった。

 歴史が重なって映る。今、仕事帰りの会社員が行き交う横浜駅前に神奈川朝鮮中高級学校の生徒たちが立つ。朝鮮学校は高校無償化制度から唯一除外されるという差別政策を受ける。筋違いな拉致問題が持ち出され、支援金を渡せば不正流用されるという偏見が公然と理由にされる。結果、植民地支配で言葉や文化を奪った旧宗主国がとりわけ保障すべき、当たり前の学ぶ権利を求めてビラを配る女子生徒が一人また一人と詰め寄られる。

 「こっちはミサイルを撃ち込まれてるんだ」「金(キム)正恩(ジョンウン)のことはどう考えてるのか」「いつまで昔のことを責められなきゃいけないのか」

 北朝鮮政府の代弁者であるはずもない日本生まれの4世世代の、それも子どもをつかみかからんばかりに詰問する錯誤と暴力性に息をのむ。思えば、無償化除外は2012年に政権に返り咲いた安倍内閣が最初に手がけた仕事だった。存在自体が過去の責任を問い掛ける朝鮮学校への弾圧は負の歴史を塗り替えたい政権の姿を象徴する。ヘイトデモの激化が安倍政権誕生と軌を一にしたように、政治による差別が人々の心のたがを外していく。

破局の道


 総選挙での大勝という「成功体験」を得てこの国の政治はどこへ向かうのか。麻生太郎財務相兼副総理は選挙結果について「明らかに北朝鮮のおかげもありましょうし、いろんな方がいろんな意識をお持ちになられた」と述べ、差別を選挙に利用し、奏功したという認識を示してみせた。麻生氏がこの間に触れて回ったのは半島有事でやって来る「武装難民」というやはり偏見であり、射殺することも検討しなければならないという差別の正当化だった。

 朝鮮人は嘘つきで、何をしでかすか分からないというまなざしは、だから何をしても構わない、に続く。憲法の平和主義を無効化する自衛隊の明記という9条の改正も「国難」の2文字で呼び覚まされた「いろんな意識」が利用されようとしている。

 オモニのつぶやきには続きがある。

 「いまからでも通名を使って日本人のふりをして生きたい」...

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