ドキュメント経営者 会社再建、背中に負って、忘れられない出会い|カナロコ|神奈川新聞ニュース

ドキュメント経営者 会社再建、背中に負って、忘れられない出会い

ノジマ社長・野島廣司さん(2)

 ノジマの前身を築いた両親だったが、経営を巡って争いが絶えなかった。大学生のころには父が別居する事態となっていた。

 「私は母側に付きました。年の離れた弟もいる中、母だけにすべてを背負わせられないと思った。同級生のように企業に就職する夢もありましたが、他に選択肢はないと考えました。自分が家庭を守るしかない、と」

 1973年、家業の野島電気商会に入社。だが-。

 「父は既に会社を去っており、母は一生懸命やっていたが正直、全くうまくいっていなかった。経営悪化で社員は2人。店頭は歯抜け。在庫はほこりをかぶっている。お客さんも寄り付かず、墓場のようだった」

 当時の年商は自社ビルを建てた6年前から1億円落ち込み、5千万円に。赤字が2千万円、ビルの借入金が2500万円も残る瀕死(ひんし)の状態だった。

 危機を反転させるべく取り組んだのが、自身もマニアで知識に明るかったオーディオの売り場改革だ。

 「資本や規模の論理に対抗するには、とにかく差別化。その上でどんなお客さんに買ってもらいたいかを考え抜いた。出た答えは当時の売れ筋のシステムコンポをやめ、高級品の単品コンポへの転換。専門性が高いため提案営業になじみ、喜んでもらえれば息の長い商売ができると考えた」

 売り場の改装には意を決した母親から託されたなけなしの300万円を投じた。

 「改装は成功でした。当時、高級品の単品コンポは秋葉原とか限られた場所でしか買えなかったからとても喜ばれ、商品も納得してもらえた。その口コミが、また別のお客さんを運んできてくれた。そのころは何でも自分でやらなければならず、店番を頼んで設置やアフターサービスで外出も多かったが、私が店に戻るまで待っていてくれるお客さんも多くいた」

 再建の重圧を人知れず背負い、のちに離婚に至る両親のトラブルも抱えながら無我夢中で働いた日々。

 そんな時、出会いの力も背中を押す。
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