神奈川新聞と戦争(48)1945年 内面の「特攻」強いる|カナロコ|神奈川新聞ニュース

神奈川新聞と戦争(48)1945年 内面の「特攻」強いる

横浜大空襲の日、1945年5月29日の神奈川新聞

 1945年5月29日午前9時、米軍のB29爆撃機500機、P51戦闘機100機の大編隊が横浜市を襲った。1時間余りで2570トンの焼夷(しょうい)弾を投下。死者8千人とも1万人とも推定される。横浜大空襲である。

 本社に残された本紙のマイクロフィルムは、同日付を最後に途切れている。その次は11月7日付。大空襲や敗戦の直後の様子を本紙から知ることはできない。

 5月29日付の本紙は表裏の1枚だけ。1面の題字とその裏が欠落している。

 1面トップの記事は、米軍上陸後の沖縄戦を伝えた。「沖縄本島に於(お)ける敵の主力飛行場たる北、中両飛行場の強行着陸に成功した義烈空挺(くうてい)部隊は、敵中にあつて引きつゞき阿修羅の奮戦をつゞけ」「物量に驕(おご)れる敵米軍に対し熾烈(しれつ)な反撃を加へ敵をして物量に対する自信を喪失せしむべく」。精神主義を前面に出した記事だ。「阿修羅」の語など理性を失している。

 義烈空挺部隊とは、読谷飛行場の破壊を目指した陸軍の部隊。「義号作戦」と銘打ち同月24日に決行された強行着陸は、記事にある「成功」と正反対だった。

 隣には「爆弾に乗る」と題した記事。「新兵器神雷特攻隊」ともある。「小型飛行機の型をした翼の生へた爆弾に特攻隊員が乗りこれを親飛行機が胴体に抱へて出撃して敵艦頭上でこれを放つと猛烈な速度で敵艦船に命中炸裂(さくれつ)する」と説明がある。爆弾を積んだロケット型の特攻兵器「桜花」だ。記事は「勇士達の壮烈なる戦意」と書き立てた。命と引き換えの体当たりという意識は全くない。

 裏面トップの記事は「不良工員を断乎(だんこ)一掃」のタイトル。「勤労意欲欠如し生産増強を阻害する」ような工員を「利敵行為者」と捉え、県警が「厳重処分する」との内容だ。目指すは「全産業戦士の総職場体当りを決行」。横浜大空襲があった日の本紙は、内面の「特攻」を人々に強いた。

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