「まなほの寂庵日記」(2) 死ぬまで作家として生きる|カナロコ|神奈川新聞ニュース

「まなほの寂庵日記」(2) 死ぬまで作家として生きる

 「寂庵」にくるまで私は瀬戸内寂聴先生のことを「尼さん」としてしか知らず、小説家という認識は全くなかった。今でも先生はこの話題を持ち出しては、あきれて笑っている。「本ばかり読んでいる文学少女は、掃除も料理も下手で仕事にならないからダメ」と先生。何も文学について知らなかったことが、逆に良かったらしい。

 採用されてから急いで、私は400冊以上もある先生の本を読み始めた。一気に全ては読めないが、興味のある本から読みあさっている。

 ひと月にそれぞれ1回ずつ開催される写経と法話の会以外は、日々朝から晩まで執筆に励んでいる先生。私は「尼さん」より小説家である先生を身近に感じるようになった。毎日締め切りに追われる先生は、旅先でも車内や機内、ホテルの部屋など、どこでもせっせと執筆に励む。何かが乗り移ったかのように机に向かってペンを走らせる横顔を見ながら、私は先生の凄さを、身をもって感じることになった。

 秘書なので、締め切り前には先生に仕事を促す。95歳になった先生は体調が悪い日も多く、毎日のように「しんどい」と繰り返すようになった。しかし、仕事は減らない。私が断っても、こっそり後から引き受けていることも多い。何をしでかすか本当にわからない。

 「ペンを持って死にたい」と理想の最期を語る先生は...

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