時代の正体〈485〉首相改憲提案を問う(上) 欲望先行 憲法の私物化|カナロコ|神奈川新聞ニュース

時代の正体〈485〉首相改憲提案を問う(上) 欲望先行 憲法の私物化

憲法考

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/06/19 13:40 更新:2017/06/20 09:56
【時代の正体取材班=田崎 基】本来あるべき委員会での採決を行わず、反対の世論や疑義の声を黙殺し、いわゆる「共謀罪」法を成立させた安倍晋三首相が次にもくろむのが「憲法改正」だ。来年1月の通常国会に自民党として改憲案を提案するという。改憲論議に詳しい倉持麟太郎弁護士はそこに、最高法規を欲するままにつまみ食いし、歴史の積み上げをもてあそぶ欺瞞(ぎまん)をみる。つまり、憲法の私物化だ。


 安倍首相は現行憲法が押し付けられたものだ、という意識が強いのだろう。

 現行憲法は、他国が作成に介入した他律的な憲法と解される。米国は自律的憲法とされ、主権制限なく独立が保持された状態で自主的に制定している。一方、ドイツや日本は他律的と言える。世界的に見ればこうした他律的な憲法は少なくない。

 安倍首相からはこの他律的な憲法であることを克服したいというマインドが感じられる。だがこのマインドは論理的には1度改正したら終わり。他律的憲法の克服という論点とともに雲散霧消してしまう。

 このことは、とにかく改正のコンセンサス(合意)が得られるところを探している安倍首相の行動準則からしてもよく分かる。とにかく自分たちだけで1回改正したいのだ。

改正への情念


 憲法改正によって国の形を決めていくことを目指すのであれば、中長期的な視点で、質、量ともにしっかりとした議論を積み重ね、ある程度のスパンで複数回の改正を繰り返して行うのが本来のあるべき姿だろう。そこには当然、学問的知見を生かすことや、世論的合意形成という丁寧な対応が欠かせない。

 だが、安倍首相による今回の提案には、そうした戦略的、建設的な憲法改正のビジョンがまるでない。

 あるのは、とにかく1回改憲したいという情念だ。だから改正しやすいところ、という発想になる。

 その最たるものが、「9条を改正し『自衛隊』を明記する」という提案だ。反発なく国民に受け入れられやすいかどうか、という打算に起点がある。これ以外にも「教育の無償化」と「緊急事態条項」がそうだ。法律でできるようなことを改憲でやる、と言い出している。

 教育無償化について言えば、仮に憲法に明記したとしても、最終的には政治部門の裁量に委ねられる法律事項となる。結局は法律で定めるのと変わらないのであれば、憲法改正を支える憲法事実がない。さらに言えば、予算措置を講じるか否かを口実に、学問の自由や大学の自治が侵害される恐れがある。

 憲法上、学問の自由および大学の自治は、真理探究の府として政治からの独立を眼目としている。単に無料(ただ)になるからいいという経済的側面のみの安易な発想で片付けていいような問題ではない。われわれの社会の自由と真理の問題である。

 緊急事態条項は、いま議員の任期延長の必要性が殊更強調されている。

 だがこの議論はそれ以前に「緊急事態」とはなんなのか、という問題がある。緊急事態の詳細を詰めていくと、その先にあるのは結局、当初の総理大臣に圧倒的な強権を認めるフルパッケージの緊急事態条項の議論と中身は変わらなくなる。

 緊急事態条項の議論とは諸外国では武力攻撃事態を対象にしている。日本のように自然災害の話をしている欧米の国などない。そこにも欺瞞が見え隠れする。

「合区の解消」


 首相改憲項目の四つ目は「合区の解消」だ。

 「合区」とは2016年7月の参院選から導入された選挙制度で、1票の格差を解消するために例えば島根県(定数2)と鳥取県(同)が一つの選挙区になった。参院は3年ごとに半数を改選するため、16年夏は島根・鳥取選挙区から1人を選出した。

 最高裁から違憲状態と繰り返し判決が下され、1票の格差を是正するために導入された「合区」だが、批判もある。

 それは「1都道府県から1人は出すべきだ」という地域代表という理念の実現ができない、というもの。

 だがそのために合区解消を憲法に定めるというのは本末転倒と言うべきだ。

 そもそも、いまの国会議員の多数派は国民の多数派と一致しておらず、民意を反映していない。憲法学的には「治者と被治者の自同性」と言うが、国民の過半数と国会内の多数派がねじれてしまえばこれを実現できない。憲法上「合区の解消」を規定するとすれば、1票の格差を容認することとなり、歪(ゆが)められた民主主義を固定化することになりかねない。

思想なき発想


 こうして首相改憲を俯瞰(ふかん)してみると、通じて言えるのは「つまみ食い」ということ。

 法は有機的に連関し合っている。6面立体パズルのように、一つ動かせば伴ってその変化が多方面にわたる。こうした連関を無視し、とにかく改正しやすいところを探している。

 さらにその帰結をも無視している。改正によって個人や社会がどう変わるのか。そうした真摯(しんし)な思慮が全く感じられない。

 憲法を改正してまでわが国にいま必要なこととは、...

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