【憲法特集】誰も犠牲にしない国へ 政治学者 岡野八代さん|カナロコ|神奈川新聞ニュース

【憲法特集】誰も犠牲にしない国へ 政治学者 岡野八代さん

【時代の正体取材班】日本国憲法は3日、施行から70年の節目を迎えた。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三大原理は戦後の民主主義社会の中で息づいてきた。一方、国会では2016年7月の参院選の結果、初めて改憲勢力が衆参両院で3分の2以上を占めた。改憲テーマを論じる両院の憲法審査会も再開。そして、安倍政権下では安全保障法制や共謀罪、教育改革など実質的に憲法の理念を骨抜きにする動きが進む。われわれは今の時代をどう捉え、振る舞えばよいのか。思想家の内田樹さん、フリーライターの武田砂鉄さん、政治学者の岡野八代さんに聞いた。

子ども一人一人の尊厳を大切にした教育が行われているか


 政治学者 岡野八代さん

 私が務める同志社大学の付属香里(こうり)中学校(大阪府寝屋川市)では2015年、横浜市、藤沢市、大阪市などと同様に育鵬社の歴史・公民教科書が採択された。

 採択を機に育鵬社版公民を読んで「家族」の記述の多さに驚いた。

 〈家族は、愛情と信頼で結ばれた、最も身近な共同体で、社会の基礎となる単位〉

 〈やがて私たちは新しい家族をつくり、今度は私たちを育ててくれた年老いた親を支え、介護をすることも大切な役割になります〉

 〈憲法(24条)や民法は、夫婦がたがいに協力すること、家族が共に助け合うことを定めています〉

 この教科書では日本人の両親と子どもという典型的な家族像があるべき姿とされている。「家族の助け合い」を強調する記述は他社版になく、際立っている。

 一方で、現実の子どもたちは、一人一人が異なる家庭環境の中で生きている。一人親家庭の子もいれば、親が外国籍の子もいる。多様な家族像に目を向けないこの教科書で教えられたら、子どもによっては自分の家族を否定的に見てしまわないか。

 教室には虐待に遭っている子や、保護者がいない子がいるかもしれない。家族の助け合いが強調されると、自分の境遇は無視されていると感じ、押し黙らざるを得ない状況に子どもたちを追い込むことにならないか。多感な時期の中学生に対し、社会科教諭は一人一人の家庭環境にどこまで気を配って教えているだろうか。

 家族の形は一つではない。自分の歩みや経験を否定され、声も上げられない状況になったら、大人だって耐えられない。子ども一人一人の尊厳を大切にした教育が行われているか。

 わたしたちはもっと目を凝らさなければならない。それは、大人としての責任だ。

育鵬社版公民の狙い


 それにしても育鵬社版公民はなぜ、ここまで家族の記述にこだわるのか。なぜ特定の家族像を子どもたちに押し付けようとするのか。

 ここで思い起こされるのは、この教科書が発するメッセージと軌を一にしている自民党改憲草案、安倍晋三政権の政治姿勢だ。

 個人の権利を保障するために国家権力の行使を制限する「立憲主義」という考え方では、国家は一人一人がよりよく生きるための「道具」にすぎない。個人の尊厳を尊重する制度を整えることが国家の役割だ。日本国憲法はこの考え方にのっとっている。

 だが、安倍政権や自民党改憲草案が描く国家像は、国家の繁栄のために「国民が道具になれ」というものだ。

 もっと言えば、戦前型の「国家のために犠牲になる国民づくり」を進めようとしているように見える。だからこそ、人格形成に影響を与える教育や家族の分野に介入しようとしている。自民党が議員立法で成立を目指す、国や自治体の施策に地域住民が協力するよう求める「家庭教育支援法案」や、小学校では18年度から始まる道徳教科化はその一環と言える。

 すでに形として現れている育鵬社版公民では国家のために役割を果たす生き方を学ぶことが、教科の目的のように読める。

 公民の「公」あるいは「公共性」とは何か。国家とは一線を画して市民の自由で対等な討論から「公共性」が生まれた西洋と異なり、日本の「公」は上意下達でつくられてきた色彩が強い。今もって国家と同一視されることが少なくなく、この教科書もその考え方にこだわっている。「目上の者には従え」と言わんばかりで、国家の思惑にとらわれずに個人がよりよく生きることを保障する立憲主義には否定的だ。

 家族には夫と妻、親と子、姉と妹といった上下関係があったり、仕事や家事などで役割分担があったりする。だが、立憲主義のもとでは、家族の中の不平等な関係やしがらみから社会に出たら、どんな境遇の人でも一人一人に同じ価値があり、自由に生きることができ、それぞれの意見が尊重される。

 確かに、現実の社会は平等ではない。だからこそ憲法が個人の尊厳の尊重を徹底するよう宣言しているのだ。

 「この社会であなたたちはそれぞれ価値があり、平等です。自由に発言していいのです。一票は同じように尊重されます」と、子どもたちに語ることこそ、本来の公民という教科の役割ではないか。

 森友学園の問題が表面化した当初、安倍首相らは学園の教育方針を評価していた。国家に命をささげることを命じる教育勅語を幼稚園児に暗唱させるような学校を全国につくりたかったのだろう。

 自らに近い人たちが執筆陣に名を連ねている育鵬社教科書を使う学校が増えることに、安倍首相やその周辺が期待を寄せているのは間違いない。

24条もっと生かそう


 個人の尊厳を大切にする社会を目指す上で、24条は重要だ。婚姻について単に定めた条文ではない。憲法の中で唯一、個人の尊厳を明記しているからだ。...

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