〈時代の正体〉「戦争の始まりの日にさせない」 国会前に再び立つ元シールズ諏訪原さん|カナロコ|神奈川新聞ニュース

〈時代の正体〉「戦争の始まりの日にさせない」 国会前に再び立つ元シールズ諏訪原さん

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2017/02/24 19:19 更新:2017/03/06 17:54
【時代の正体取材班=田崎 基】南スーダンへの国連平和維持活動(PKO)派遣中止を求めて、始まった国会前での抗議行動。初回の10日は約500人、2回目の17日は約1100人が詰めかけた。呼び掛けに、呼応の動きは重なっていった。元SEALDs(シールズ)のメンバーで大学院生の諏訪原健さんは初回からマイクを握り群衆に向け、問いかけていた。「戦争の始まりとはいつなのだろうか。もしかしたら『戦闘』を『武力衝突』と言い換えた瞬間に、平和が壊れていくのかもしれない」

 会社員の日下部将之さん(42)の呼びかけで始まった南スーダンへの自衛隊派遣中止と稲田朋美防衛相の辞任を求める国会前抗議行動。日下部さんの動きに対し、間を置かずに後押しに入ったのが諏訪原さんだった。

 久しぶりに国会前に立ち、こう切り出した。

 「いま言わないといけないことがある。稲田さん、あなたは大臣として不適格なんだ。『戦闘』を『武力衝突』だと、憲法上問題になるから言い換えるなんてそんなバカな話があるかよ。国民をバカにしている。いま南スーダンで任務に当たっている自衛官は安保法制のせいで新たな武器使用任務が付与されより危険になっている。その自衛官をもバカにしている」

 2015年、安全保障関連法制に反対する抗議行動を主導してきたシールズの中にあって、あるときはブレーン、あるときは調整力と事務処理能力を駆使し、他団体と渡りを付けてきた。

 政治家とのパイプも築き上げてきた。それが選挙戦で野党共闘を主導する「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の呼び掛け人という立場にもつながっていた。

 国会前で毎週のように声を上げた、あのときの光景が重なって見える。数百人の参加者、掲げられたプラカードを見渡す。ボルテージがまた一段上がる。

 「稲田さんは平気な顔して戦闘ではなく武力衝突と言ってみせた。自分の発言のどこが間違っているのか全然分からなくなってしまっている。そんな人に政治を任せられない!」

個としてできることを


 沸いた群衆が言葉を待つ。一呼吸置いて続けた。

 「今日なんで来たかという話をしたい。正直、俺、最近あんまり国会前来てなかった。声上げなきゃって思ってたけど、心のどこかで誰かがやるかなって思っていた。去年の1月に僕のおじいちゃんが亡くなりました。特攻の予科練だった。そのおじいちゃんは毎年12月8日に俺に電話をしてきてくれていた。何の日か、分かりますか。真珠湾攻撃の日です。俺に電話してくる。『今日が、日本が戦争を始めた日なんだ』と。『戦争に幸せなんかない』と。『戦争は何も解決しない』と」

 「おじいちゃんは決して僕に戦争を詳しく語る人ではなかった。でもそのおじいちゃんがわざわざ年に1回だけ電話してきて言う。『日本が戦争を始めた日。この日を忘れちゃいけない』と」

 「俺はその意味をずっと考えてきた。亡くなってからじゃ遅かったんだけど、おそらく分かったことがある。それは戦争を始めたらもう終わりってこと。絶対に踏み込んじゃいけないってこと。あまり多くを語る人ではなかったけれど、それを伝えたかったのかなと思う。亡くなって1年たって、ようやくしっくりきた」

 1928年生まれの祖父は戦時中、鹿児島県の特攻基地にいたという。終戦がもう少し遅れていたら散っていたかもしない命。そこから語られたわずかな言葉に、紡いできた平和と歴史を私たちは負っているということを知る。ぼやけていた祖父から託された言葉の意味が、際立つ輪郭をもって迫っていた。

 「でも戦争って、あるいは平和を壊す動きっていつ始まるのか。難しい。おじいちゃんは『真珠湾攻撃の日』だと思って電話をしてきてくれていた。でも、もしかしたら、この稲田大臣が『戦闘』を『武力衝突』と言い換えた瞬間に、平和を壊す動きが始まるのかもしれない」

 諏訪原さんは後日、こう語った。

 「後世になり歴史を俯瞰(ふかん)して振り返れば、この出来事が転機になっていたと評価できるだろう。だがその時を生きている人にとって、その瞬間に気付き反応することは容易ではない。だから...

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