「疾風」など貴重写真新たに100点|カナロコ|神奈川新聞ニュース

「疾風」など貴重写真新たに100点

愛川の旧相模陸軍飛行場 企画展で公開へ

教官の田原さん(左端)とその教え子たちを写した1枚(愛川町教育委員会提供)

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 大戦中、愛川町中津にあった相模陸軍飛行場に関する新たな写真が、関係者の遺族から町教育委員会に昨年末、寄贈された。未発見のものや、訓練を受けていた数十人の飛行兵の名前や出身地なども記載されており、貴重な資料になった。町郷土資料館(同町半原)が今夏、開催する企画展で公開する予定。

 町教委によると、今回の寄贈は同飛行場の元教官で昨年6月に91歳で亡くなった田原全由さん=大分県=の遺族から申し出があった。相模原市中央区の牛尾美和さん(88)が昨夏、戦後も交流していた田原さんから託された写真を同資料館に寄贈。寄贈品を紹介する本紙記事(昨年8月16日付)を長男の田原聖司さん(68)=愛知県在住=に郵送したところ、「遺品を整理したら他にもあった」との返事があった。昨年11月、同様に同資料館に寄贈したいとの連絡が入ったという。

 今回、飛行場関連の写真は約100点。田原さんとその教え子たちが多く写っている。中でも最新鋭戦闘機「疾風(はやて)」を背景にして全員が並んだ記念写真は、戦局が悪化していく中、連日の猛訓練の合間に見せた若い飛行兵たちの笑顔が印象的だ。

 写真はアルバムの台紙に貼付されており、余白には該当者の氏名のほかに出身地、戦死などの消息、特技などが添えられている。写真は教官時代の昭和19年末から終戦までの間に撮影されたと推察されるが、記述内容は戦後、田原さんがアルバムに整理する際に書いたとみられる。

 同飛行場に詳しい山口研一・同館学芸員は「これまで記録により判明していた飛行兵たちの名前と顔が照合できる資料になった。例えば、戦闘機が並んだ写真に書かれた『空輸前の始動』のコメントは、当時の様子を確認できて貴重だ。一連の写真は隔年で7~8月に行っている終戦記念日に合わせた企画展で紹介したい」と話している。

 ◆相模陸軍飛行場 陸軍が愛川町中津の桑畑などを買収して1941年6月に建設。広さは南北約1800メートル、東西約1400メートル。少年飛行兵の養成施設だったが、戦局悪化に伴って戦闘機部隊が配備、墜落など訓練中の事故死も少なくなかった。通称は「中津飛行場」、隊員の間では「厚木飛行場」とも呼ばれた。

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