時代の正体〈400〉障害者殺傷事件考(下)成果主義が落とす影

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2016/10/03 10:45 更新:2017/03/23 17:32
 さいたま市でグループホームなどを運営する社会福祉法人鴻沼福祉会常務理事の斎藤なを子さんは相模原の障害者施設殺傷事件の容疑者が元職員であったことにわななき、一方で思い巡らす。障害者支援に関する制度や政策に事件の遠因があるのではないか、つまり普遍的な問題をこの国は抱えているのではないか、と。

 障害のある仲間の多くはこの事件に怖い、怖くてたまらないと一呼吸置いてやっと口にしたり、みんなと話がしたいと言ったりしている。一方、毎朝真っ先に「きのうのニュースは何々だったよ」と職員に話す人が事件にまったく触れなかったり、事件を知っているはずなのに、さりげなく水を向けても「分からない」としか言葉にしない人もいる。

 精神科入院歴のある人や生活保護を利用されている人たちは、自分たちが社会からどう見られているのだろうかと不安を漏らしています。事件について触れたくない、心にふたをしてしまっている状態で、障害のある人たちが事件から受けたショックの大きさ、傷の大きさを日々強く感じています。

 私自身も障害のある人が殺戮(さつりく)のターゲットにされ、障害者はいなくなればいいという考えのもと、支援する立場にあった者の手によって実行に移されたという現実に戦慄(せんりつ)を覚えました。

 すぐによみがえってきたのは昨年7月に訪れた、ナチスドイツ下でT4作戦が行われたハダマー施設で受けた衝撃です。

 NHKスタッフと日本障害者協議会の藤井克徳代表の現地取材に同行したものです。ハダマーは6カ所あった障害者専用殺戮施設のうち、当時の状態を現存する唯一のところです。シャワー室と見せかけた地下のガス室に続く17段の階段に立ったとき、どんなに障害の重い人でもその異様でただならぬ雰囲気を容易に察することはできただろうと感じました。わずか12平方メートルに50人が押し込められたガス室で一人一人が一体どんな状態で最期を迎えたのかを思うと胸が苦しく、言葉になりませんでした。

 多くの医師や看護師、介護士たちがこの殺戮行為に加担し、次第にエスカレートしていったことも衝撃でした。T4作戦のもとでは、生きるに値しない命はあざけりの対象になるよりは、その命に終止符を打つことの方が人間の慈悲にかなうという考え方がありました。人間を障害のあるなしや人権などを基準にして優劣をつけ、障害のある人をコストのかかる社会のお荷物として見下しています。

 今回の事件がこうした考え方と相通じていること、そこにしっかりと目を向けていかなければならないと思います。

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