震災遺構を氏子ら再建 厚木神社|カナロコ|神奈川新聞ニュース

震災遺構を氏子ら再建 厚木神社

再建された厚木神社の震災碑を説明する関戸さん=厚木市厚木町

 関東大震災から1日で93年を迎えた。激しい揺れと火災で灰じんに帰した厚木町(当時)の中心地にあった厚木神社(厚木市厚木町、櫻井明彦宮司)では、埋もれていた震災遺構を正面入り口に再建。震災の恐ろしさを伝える“語り部”として、住民が大切に守っている。

 震災遺構は、倒壊した石造りの鳥居の部材を再利用したもの。高さ約1・6メートルの折れた柱に「大震災倒壊記念」と刻まれている。鳥居の頂上部の笠木も一緒に保存した。

 同神社によると、この遺構設置の時期や経緯は、記録もなく詳細は不明。2012年3月に氏子らが境内を清掃中、雑草に覆われて社殿裏側の堤防道路の土留め材として使われていたのを偶然発見したという。

 早速、知り合いの石材業者を呼んで掘り出して確認、関係者が相談して現鳥居近くの参道脇に移設した。「震災の恐ろしさを後世に伝えるための碑にした」と記した手作りの解説文も掲示している。

 厚木市史などには、相模川沿いにある同神社周辺は古くから宿場町として栄え、明治期に入っても町役場が隣接するなど中心市街地だったが、震災により千戸余の建物の8割近くが全半壊し、大火災も発生、ほぼ全滅の惨状を呈したとの記録が残されている。

 同神社責任役員・氏子総代の関戸彰さん(77)は「どういう事情から震災遺構が放置され、土留め材になってしまったかも分からない。地域の災害碑として大事なものであり、関係者が協力して再建した。参拝者ら多くの人たちに見てもらいたい」と話している。

 こうした倒壊鳥居を活用した震災遺構は各地に残され、厚木市内には三島神社(岡田)、三嶋神社(恩名)などにもある。

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