時代の正体〈347〉政治家のレイシズム(下) 共通言語としての禁止法

【記者の視点】報道部デスク・石橋学

 反レイシズム情報センター(ARIC)が「政治家レイシズムデータベース」を公開したのは6月22日、参院選公示日のことだった。学生のボランティアチームが新聞記事や論文などを調べ、登録したヘイトスピーチは623件。発言者である公人94人には歴代首相から現役閣僚、地方議員、参院選候補者も含まれており、投票の際の判断材料にしてほしいとの思いからだ。

 ツイッターでは〈政治家によるレイシズム発言・行動を見つけたら#政治家レイシズムというハッシュタグをつけてつぶやいてください〉と呼び掛け、情報を更新していく。

 早速、動画投稿サイトのアドレス付きのツイートが投稿され、応援弁士の「朝鮮人は危険。これは差別でも何でもない」といった発言が確認できる。ある候補者が街頭演説で「日本に入国すれば違法就労をやりたい放題。犯罪予備軍というより、犯罪者。とっとと捕まえて、日本からたたき出さないといけない」と外国人排斥を唱えている様子も通報された。

 都知事選を巡っては人種差別団体「在日特権を許さない市民の会」創設者で前会長の桜井誠氏が立候補を表明した。「ボランティアスタッフが悲鳴を上げている。日本ほど政治をレイシズムに利用しやすい国はない」。ARIC代表の梁英聖(リャン・ヨンソン)さん(33)は深刻な現状を改めて感じる。

 路上におけるヘイトスピーチが社会問題化し、抗議の声を上げる人たちが現れ、ヘイトスピーチ解消法もできた。「もちろん歓迎している。だが、差別が路上にあふれて出てくるようになったのも、政治家たちがあおった結果だ。国や行政、公人によるレイシズムは差別を正当化し、市民によるヘイトスピーチよりも強力な扇動効果を持つことで知られる。そうであるなら、政治空間の差別にこそ目を向けなければ」

 データベース化の狙いを強い言葉を用いて説明する梁さんの語り口に、もどかしさがにじむ。「ヘイトスピーチという誰の目にもひどい差別だからこそ反対できたが、この社会はまだ、差別と区別の線引きができていない。必要なのは、何が差別なのかという差別の『見える化』。これが私たちの闘いの一歩になる」

回路


 差別はなぜ「見えない」のか。

 学生時代から民族差別問題に取り組む非政府組織(NGO)、在日コリアン青年連合(KEY)で活動してきた。街中でヘイトスピーチが頻発するようになった2013年、在日青年約200人を対象にした聞き取り調査を行った。約8割がヘイトスピーチのことを知っていて、日常的にインターネットで差別表現に触れていた。「だが、多くは『何もしなかった』と回答している。ヘイトスピーチに触れてもほとんど泣き寝入りの状態だ」

 本当は泣き寝入りという言葉は使いたくない。適当な表現ではないとも思う。「何もできない、情けないと思わされる。それも差別による被害だ」。臆病なわけでも、意気地なしでもない。何もできないのは、何をしたらいいか分からないからだ。受けた傷を理解してもらえると思えなければ、誰かに相談することなどできない。被害者が被害を口にできない。解決、回復の回路がない。そのことが差別を物語っている。

 「在日自身が差別を認識できない場合も多い。話を聞いているうちに、アルバイトを断られた、部屋を借りられなかった、婚約を破棄された、在日であることを隠して生きている、といった日常での被差別体験がようやく語られる」

 差別を受けている本人が差別を認識できないほど差別が見えない社会-。梁さんは「語り合う共通言語がないからだ。レイシズムはいけないという共通の了解、反差別の規範がこの社会には存在していない」と考える。「言いたいけど言えないというレベルではない。口にすれば無理解に遭い、傷つくから話すまいと諦めている。その方が楽だから。本当は苦しいのに。在日自身が差別とは何かを言葉にできないもやもやを抱えながら、自分を殺し、凍ったようにして生きている」

歴史


 反差別規範の欠如は、声を上げようとした場合、差別を受けている側が差別を受けていると立証しなければならない理不尽につながる。それは歴史を巡る問題にも及ぶ。「やはり反歴史否定、反歴史修正主義という規範もない」

 梁さん自身は都内の朝鮮学校で歴史を学んだ。「だが、朝鮮学校に通うのは少数派。在日の多くは日本の学校に通う。そこで『慰安婦はいなかった』『植民地支配はいいこともした』という声が聞こえてきたとき、どう反論していいか分からないという目に遭う」

 在日としての自分はどこから来て、なぜここにいるのか。日本の学校では誰も教えてくれない。そうしたなかで「植民地支配はいいこともした」という価値観に囲まれ、むしろ「自分が間違っているんじゃないか」と思い込まされる。歴史の否定にレイシズムと同様の効果がここに見て取れる。データベースにはだから歴史否定の発言も加えている。

 その朝鮮学校に対して日本政府は高校無償化制度からの排除をはじめ特別扱いする政策を取り続ける。日本の植民地支配で奪われた言葉、文化、歴史を取り戻そうと始まった朝鮮学校の否定は、政治による歴史否定に等しい。では、これが差別だと反対の声を上げられる人がこの社会にどれだけいるだろうか、と梁さんは問う。

 「日本では歴史を巡る問題が認識の問題として語られる。だが、実際に歴史否定がレイシズムをあおっている。欧州では『記憶との闘争』という言葉を用い、米国を含めて、極右をナチズムとの連続性で捉えて規制することは特別なことではなくなっている」

 梁さんは街中でヘイトデモを目にしたときに覚えた違和感を思い起こす。参加者の顔々には薄ら笑いが浮かんでいた。「まるで遊び半分。インターネットの世界から表に出て、オフ会をやるような乗りだ。だから雨が降ったら参加者は減るし、罰則のないヘイトスピーチ解消法でも、警察が説得すれば中止にする。つまりはやってもやらなくてもいい差別ではないのか」

 欧米のネオナチはそうはいかない。警察を殴り飛ばし、焼き打ち、暴行を振るう反国家、反権力の文字通り社会の脅威だ。

 梁さんが言いたいのは、それに比べれば深刻に考えなくてもよい、ということではない。「この国では遊び半分のヘイトスピーチがこれほど頻発してきたということに驚愕(きょうがく)すべきだ。...

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