旅情覚える味わい 独特の書体、奥深い世界|カナロコ|神奈川新聞ニュース

旅情覚える味わい 独特の書体、奥深い世界

3種類の表示が共存するJR大牟田駅。同じ国鉄書体も製作時期で変化が=福岡県大牟田市

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 プラットホームの駅名板や列車の行き先表示に旅情を覚えた人も多いだろう。中でも国鉄時代の書体は丸みを帯びて優しく、しかも見やすくて今も人気だ。鉄道をめぐる文字の変遷や関係者の情熱を丹念に調べ、新書「されど鉄道文字」(鉄道ジャーナル社)にまとめた川崎市出身のライター、中西あきこさんに、味わいを尋ねた。

昔の駅の雰囲気が

 「素朴ですが、訴求力のある字だと思います」。中西さんがそう評するのは、旧国鉄が駅名の表示板に用いていた書体。民営化後にJR各社が独自の書体を採用し、次々に取り換えられたが、JR東日本の東神奈川駅や大船駅のホームには古い駅名板が“保存展示”され、ほうろうの質感も相まって、かつての駅の雰囲気がよみがえる。

 この書体、正式には「すみ丸ゴシック」という。1960年の「日本国有鉄道掲示規程」で、平仮名の見本とともに制定された。角ゴシック体をベースに、文字の隅に丸みをつけた。

 「誰もが筆を執り、誰もが書けるように」と中西さんは同書で、制定の背景を説明する。4年後に新幹線開業と東京五輪を控え、従来「看板職人めいめいの勘と経験に頼っていた」(同書)駅の掲示を、より見やすく整える必要があった。それまで主流だった筆文字を書ける職人が減ったことも一因という。

職人の個性で洗練

 お手本まで示された「すみ丸ゴシック」だが、実際には地域差もあった。中西さんによると当時、国鉄の駅の表示板を請け負った業者は地域別に主に3社あり、それぞれ職人の個性を反映して三者三様の特徴があったという。

 「駅の書体が基準に定められていたことも驚きでしたが、それが現場で洗練されていったことにも驚きました」。中西さんは3社のうちの1社、東京・新陽社が手がけた表示板の製作に関わった職人を訪ね、「いかに見本に忠実であるかを優先させるよりも、よりよい文字へ、少しずつ改良を加える」(同書)と、その仕事の神髄を知った。

 国鉄側にも理解者がいた。中西さんは、国鉄旅客局長やJR東海社長などを歴任した須田寛さんに話を聞き、出来の悪い駅名板を作り直させるほど文字に気を使っていた事実を突き止めた。須田さんは新陽社の書体にほれ込み、JR東海に移行後も駅名の表示板に「すみ丸ゴシック」の改良版を採用。県内では新幹線や御殿場線で見られる。

街の風景をつくる

 中西さんは書道を学んでいることもあって、街中の手書き看板を探しながら散歩するのが好きだという。鉄道文字への興味はその延長だ。同書では芝居文字の勘亭流などを引き合いに、歳月を重ねた伝統の書体として、洗練された「すみ丸ゴシック」を位置付ける。「余白の中の字配りが絶妙だと思います」

 鉄道会社がイメージチェンジのため掲示を一新することは多いが、長年の書体をあえて守る意義もまた、大きい。

 中西さんはその代表例として、ロンドン地下鉄で100年以上も用いられている「ジョンストン・サンズ」書体を挙げる。「今やロンドンの景観の一要素になっています。すみ丸ゴシックもそうなるといいですね」。人々の目になじんだ文字の形は、一つの文化でもあるのだ。

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