時代の正体〈267〉「もう一度、ジャーナリズム精神を」

テレビ局の政治的公平性 キャスター金平茂紀さん

  • 神奈川新聞|
  • 公開:2016/03/03 09:13 更新:2016/05/30 10:59
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 政権に批判的な発言をしてきたニュースキャスターが相次ぎ降板し、時同じくして国会では、放送行政をつかさどる高市早苗総務相が、政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合に電波を止める可能性に言及した。TBS「報道特集」でキャスターを務める金平茂紀さんは2月13日の番組冒頭、「こんな脅しのような発言が大臣から出ること自体、時代が悪い方向へ向かっていることの証しではないでしょうか」と問い掛けた。ジャーナリズムに迫る危機、それは戦後70年間にこの国が築き上げてきた民主主義社会の危機にほかならない。

 政治権力は常にメディアを宣伝の道具としか思っていない。「政治家たちがそういう人たちの集団であることを、私は嫌というほど見てきた」

 この40年間、そして今も放送メディアの真っただ中に生きている。これまでソ連時代のモスクワ、9・11直後の米国にも身を置いてきた。取材のたびに対峙(たいじ)してきた政治権力は、いつも都合の悪いことを遮断しようとし、いかにしてメディアを道具として使おうか、と思案していた。

 「今回の高市総務相の発言も、まさに同じ流れの中にある。放送法の精神や成立の過程などまったく理解していないのだろう」

原 点


 金平さんの仕事机にはいま「20世紀放送史」(NHK放送文化研究所編)という3分冊の大著が置かれている。そこにはメディアが戦争の片棒をいかに担いだのかが克明に記されている。ひもとけば、驚愕(きょうがく)と憤りの連続だった。

 完敗した戦況でも、玉が美しく砕けるように名誉や忠義を重んじて潔く死ぬことを意味する「玉砕」といって美化する。広島へ原爆が落とされた時は「若干の被害」と報じるといった具合だ。

 激戦地の硫黄島や地上戦となった沖縄へは九州から「激励放送」と銘打ったラジオ放送を流し続けていたという。「知らなかったことも多かった。いまとなっては信じられないようなひどいことが行われていた。大本営の発表に言われるがまま。いかに事実と異なる情報であっても構わない。それが戦前の放送だった」

 新聞、雑誌、そして放送としてのラジオはこぞって戦争を賛美し協力し、国家と一体となって言葉を操り、国民を総動員へと誘(いざな)っていった。

 過ちを繰り返してはいけない、放送は二度と国策の片棒を担がない、という誓いのもとに戦後の放送は始まった。そして国民の知る権利に資する自立した放送のために「放送法」ができ、そこが戦後ジャーナリズムの出発点だった。

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