時代の正体〈266〉ヘイトスピーチ考 民主主義を自壊する行為

 今国会に継続審議となっている人種差別撤廃施策推進法案の行方に注目が集まる。罰則のない理念法ながら、国と地方公共団体は人種差別をなくす責務を法的に負うと明記しており、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)デモの現場となっている自治体の対策を後押しするものになり得るからだ。25日には法案を提出した野党の議員連盟による集会が都内で開かれ、会場にはヘイトデモが続く川崎から参加した在日コリアンの姿があった。

 参院議員会館の講堂を埋めた200人以上の参加者を前に、京都から駆け付けた龍谷大法科大学院教授の金(キム)尚均(サンギュン)さんはあえてアイロニカルな表現を用い、現状の異様さを説いた。

 「ヘイトスピーチをする人たちは『ゴキブリ朝鮮人』と言う。これは彼らの認識からすれば正しい。なぜなら、ゴキブリを見てかわいいと抱きしめる人はいない。新聞紙を丸めてたたく。彼らも朝鮮人をたたく。人間として認識していないから。そうして人権の享有主体ではなく、排除の客体におとしめる。それがヘイトスピーチの恐ろしさだ。単に耳にして不快だ、気分が悪いということで済まされない」
■野放しのまま
 差別、排斥の標的にされている在日コリアンはもちろん、国連人種差別撤廃委員会など国際社会からも再三、法規制が求められ、しかし野放しのままのヘイトスピーチ。反語による投げ掛けは続く。

 「日本に人種差別は存在しない。これも正しい。国連でも外務省の官僚は『日本では表現の自由を制限するほど深刻な人種差別はない』と答弁している。当然だ。なぜなら統計を取っていないから。つまり、あるものがなかったことにされている。ここに日本社会の差別性が表れている」

 差別に向き合わないという差別。あるいは差別があるがゆえに放置され続ける差別。人種差別撤廃施策推進法案が罰則のない理念法であっても、そうした現状を踏まえれば大きな一歩になると金さんは考える。

 「あるものをあると示すという点にこの法案の意義がある」

 この当たり前の一歩を踏み出すための法律もしかし、自民党が慎重な姿勢を崩さず、成立の見通しは立っていない。
■自治体としての方策
 そうした国の動きをよそに、大阪市のヘイトスピーチ抑止条例は自治体として取り得る方策があることを示した。ヘイトスピーチを行った人物の名前を制裁として公表するもので、ことし1月に全国で初めて制定された。

 金さんは社会に向けたメッセージという側面から意義を強調する。

 「ヘイトスピーチは単なる悪口ではない。彼らは『殺すぞ』ではなく『殺せ』と扇動する。自分たちの敵は殺しても構わないのだという社会的土壌を構築する。ターゲットとなった集団の人たちを攻撃することを正当視する雰囲気をつくる。条例の意義は個人の尊厳を守るだけでなく、ヘイトスピーチによる市民の差別意識の発生の防ぐことにある」

 金さんが繰り返し指摘するのは、それがどれだけ社会の害悪として受け止められているか、だ。

 「日本社会で日本国籍を持つ日本人であればヘイトスピーチを受けることはない。だから街中で耳にしても、ひどい、かわいそう、不快だという感想で終わってしまう。それで済むなら美観を損なうという理由で規制されているたばこのポイ捨てと同じ。関東大震災では朝鮮人が井戸に毒をまいたというデマが流され、虐殺された。朝鮮人であるというだけで攻撃の対象にされるということは、人間性が否定され、自分たちとは違う低い人間だとみなされているということだ」

 金さんは昨年6月から8月にかけて自身が手掛けたアンケートの結果を紹介した。全国の朝鮮学校高級部や民族学校の高校生、大阪府内の公立高校に通う外国にルーツを持つ生徒を対象に実施したもので1483人から回答を得た。

 80%が生活の中で差別を感じると回答し、デモや街頭宣伝によるヘイトスピーチについて76%が怒りを感じ、46%が恐怖を感じたと回答した(複数回答)。怒りと恐怖の理由を聞いたところ、73%が「人間として平等に扱われていない」と答えた。

 なぜ法律が必要か、その投げ掛けを金さんはこう締めくくった。

 「民主主義とは、対等な人間が社会の構成員として平等に参加するものだ。ヘイトスピーチが蔓延(まんえん)する社会では人間が人間として平等に扱われない。だからヘイトスピーチは攻撃対象の人々を傷つけるだけでなく、日本の民主主義をも自壊させる非常に危険な行為なのだ」

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