もう故郷とは呼べない… 大和で原発避難者交流会

三線の演奏を聴きながら、語り合う参加者=大和市保健福祉センター

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 東日本大震災による東京電力福島第1原発の事故で福島から神奈川に身を寄せている避難者の交流会が11日、大和市鶴間の市保健福祉センターで開かれた。震災から4年11カ月。政府が早期帰還政策を推し進め、避難者への支援策が打ち切られようとしている中、参加者約30人はそれぞれの胸の内を語り合った。

 福島県富岡町出身の大森秀之さん(51)は「故郷というのは『人』。家族や兄弟、友人、誰もいない家だけが建ち並ぶ場所は、もう故郷ではない」とこぼす。

 生まれ育った実家は、立ち入り禁止である帰還困難区域内。今年1月に足を運んだが「立ち入り禁止を示すフェンスの外を車で回るだけで、家の姿を見ることもできなかった」。いつかは実家も取り壊さなければいけないと覚悟しており、大和市内で新しく配送業の仕事を始めた。

 すでに避難指定が解除されたが、戻らないと決めた避難者もいる。同県南相馬市原町区出身の女性は「避難してきた時に小学6年だった長男はいま高校1年。神奈川での生活に慣れ親しんでいて、『避難者』という言葉を使いたがらない」と話す。シングルマザーとしてスポーツジムで働き、生計を立てる。

 政府は三つの避難指示区域のうち、帰還困難区域以外の居住制限区域と避難指示解除準備区域について、2017年3月までに解除する方針を決定。福島県も同月に、自主避難者への住宅無償提供を打ち切ると決めた。

 富岡町出身で、自宅が居住制限区域にある小畑まゆみさん(56)は、今年1月に自宅の庭先で放射線量を測ったところ神奈川の100倍近かった。政府に対し「避難者の声に耳を傾けず、一方的に帰還政策を進めるのはおかしい」と憤った。

 交流会は、避難者支援を行うNPO法人「七つ星」の主催。福島県の職員や、富岡町や浪江町の復興支援員も参加し、避難者の相談に耳を傾けた。また避難者の支援活動をしている茅ケ崎市在住のアーティスト・矢島敏さんの三線(さんしん)の演奏も披露された。

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