時代の正体〈252〉「ヘイトスピーチを許さない」市民集会(下)

少年を一人にさせまい

 少年の胸に刻まれた倒錯した、しかし、確かな現実という不条理を思う。

 〈近づこうとしたら警察に止められ、あっち行け、来るなとひどい暴言を言われました。差別する人たちに駄目と言っただけなのに、何で止められないといけないんだと思いました〉

 「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」が開いた集会。川崎市立中学1年の少年(13)は約300人の聴衆を前にスピーチに立っていた。

 在日コリアン3世の母と日本人の父が見守っている。メディアの取材が入り、テレビカメラが回る。言葉にすることでよみがえった光景に声を詰まらせる。「でも、話せばヘイトスピーチがなくなるきっかけになるかもしれないと思った」。涙をぬぐい、再び語りだした。

 13歳の真っすぐなその目に焼き付く、昨年11月8日のヘイトデモ。それは差別団体「在日特権を許さない市民の会」のホームページで「反日汚鮮の酷い川崎発の【日本浄化デモ】を行います」と告知され、集合場所の公園で「川崎に住むごみ、ウジ虫、ダニを駆除するデモを行うことになりました」と宣言され、練り歩いたバス通りで「半島、帰れ」と在日コリアンの排斥が叫ばれた。

 〈このヘイトデモのことはいまでも忘れられない、いままで生きた中で一番嫌な出来事でした。でも次の日、学校へ行ったら先生が「変なことを言う人たちが来たけれど味方がいっぱいいるからな」と声を掛けてくれました。同じクラスの子が「車から見かけたけど、大丈夫だった? うちら韓国人は何も悪いことしてないのに」と話し掛けてくれました〉

 差別が大手を振るさまを目の当たりにし、それでもこの社会を信じたいと思ったのは、そう思わせてくれる大人たちがいて、仲間がいたから。在日コリアンが数多く暮らすここ川崎・桜本という街で、互いの違いを認め合おうと積み重ねられてきた日々をそこにみる。ただし、これを勇気ある少年のスピーチという話で終わらせるわけにはいかない。

 排外主義は多様性をこそ否定する。二つの文化背景を受け継ぐ少年は踏みつけられ、立ち上がらざるを得なかった。このままでは差別はやまないと思った。自分が声を上げれば差別をなくせるかもしれないと信じた。では、信じた気持ちにどう答えてくれるのか。大人は、あなたは何をしてくれるのか。ボールは投げられたのである。

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