時代の正体〈227〉この街で生きるとは 

桜本の底力(中)

 ツイッターで「桜本」の地名を目にした山本坑(36)のまぶたに浮かんだのはチマ・チョゴリを着たハルモニ(おばあさん)たち、そして一緒に歩いた街並みだった。

 「あの道を、あの連中が通るなんて」

 自分が住む川崎で11回目となるヘイトスピーチ・デモが、それも標的となっている在日コリアンが数多く暮らす桜本で計画されていると知った。その日、安全保障関連法に反対する高校生のデモに参加するつもりだったが、予定を変更し、自転車を飛ばしてカウンターに向かった。

 〈NO PASARAN〉
 ノーパサラン、スペイン語で「やつらを通すな」。幅4メートルはあろうという横断幕を沿道に掲げ、抗議の意思を示した。

 在日1世のハルモニたちが戦争反対のデモを桜本で行ったのは、安保関連法案の国会審議が佳境を迎えていた9月5日のことだった。「平和が一番」「子どもを守れ」とコールしながら30分ほど一緒に歩いた後、缶ビールを飲みながら身の上に耳を傾けた。

 ハルモニの多くは親に手を引かれ、日本の植民地支配下、荒廃した朝鮮半島を追われるようにして海を渡った。働き口を求め、同胞を頼り、たどり着いたのが京浜工業地帯の中核をなす川崎の臨海部だった。

 戦中は軍需産業、戦後は高度成長の担い手となった。差別にさらされ、貧困にあえぎ、いま、この国の平和を願う。ハルモニたちがそう口にできるようになるには、いてついた心を解きほぐす地域での日々があったに違いなかった。

 その平穏を脅かすヘイトデモ。一団が持ち込む悪意は、街にとどまり続ける。いつまたやって来るのかという恐れ、朝鮮人を殺せという扇動に感化された隣人はいないだろうかという疑心、差別行為の申請が公的機関によって受理され、しかもインターネット上では賛意が寄せられているという無力感と絶望。

 「おまえたちがやっているのはデモじゃない。差別だ。ハラスメント(嫌がらせ)だ。人をどれだけ傷つけているのか、分かっているのか」

 参加者に詰め寄り、声を荒らげた。

 ハルモニたちとの出会いが抗(あらが)う意味をくっきりと浮かび上がらせた。ヘイトスピーチを放置すれば民主主義社会が壊されると思って続けてきたカウンターだが、いまは自分たちの街が壊されるという感覚に変わった。...

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