【動画】時代の正体〈226〉差別阻んだ街の良心

桜本の底力(上)

 冷たく、陰鬱(いんうつ)な雨が落ちていた。日曜の午後、公園に人影はなく、辺りには100人を優に超える警察官が取り囲むようにして集まっている。

 住民とおぼしき中年男性が声を掛けてきた。

 「デモがあるんだって? どれくらい集まるのかな」

 これから始まろうとしていることが近隣に伝わっていると知り、息をのむ。1時間もすれば見慣れた顔がそろい、日の丸を手に「朝鮮人をたたき出せ」などと叫び声を上げるはずだ。

 「この辺は韓国人が多いからな。でも、ずっとここに住んでいるんだ。出て行けなんて、どういうつもりなんだ」。男性はこちらの顔をのぞき込むようにして続けた。「ところでおたくは反対派かい?」

 のち、男性がデモの標的である在日コリアンの一人だと知り、その醜悪さをあらためて思った。8日、川崎で11回目を数えるヘイトスピーチ・デモが行われようとしていた。それはまた、いつもとは違うコースで計画されていた。

悪意


 最初の警告は2日前、ツイッターで発せられた。

 〈ここ一両日で桜本商店街にリークされた情報を地元関係者および、当方で調査したところ県警は明確には認めませんが、川崎コリアンタウンである桜本商店街の目の前をヘイトデモのコースとしていることが、ほぼ確実な状況となっています〉
 クラック川崎。差別デモがあるたびに駆け付け、抗議の意思を示し、参加者に非難の声を浴びせる「カウンター」と呼ばれる人たちのつぶやきだった。

 過去10回のデモは公園から大通りに出て市役所や繁華街の前を横切り、JR川崎駅へ向かうルートで行われてきた。それが今回は在日コリアンが数多く住むことで知られる川崎市川崎区の桜本地区を通るのだという。

 差別団体「在日特権を許さない市民の会」のホームページにアップされた告知にはこうあった。

 〈反日汚鮮の酷(ひど)い川崎発の【日本浄化デモ】を行います〉
 人を人と思わぬ、よって殺害行為まで想起させる「浄化」の2文字。その一団が日常の暮らしの中に押し入ってこようとしている。情報を耳にした三浦知人(60)はメールを飛ばした。

 〈差別に抗(あらが)う地域活動を行ってきた私たちが、目をそらしたり、やりすごしたりはできません〉
 三浦は民族差別の解消に取り組んできた社会福祉法人の職員。民族名で通える保育園を1970年代から運営し、孤立しがちな子どもたちの居場所をつくり、せめて心安らかに老後を過ごしてほしいと在日高齢者の福祉を担う。

 三浦には思い当たる節があった。9月、桜本で在日1世のハルモニ(おばあさん)たちが安全保障関連法案に反対するデモを行った。チマ・チョゴリを着て「平和が一番、平和を守れ」「若者守れ、子どもを守れ」と声を上げた。「今回、桜本を通るというのは意趣返しのつもりなのだろう」

 当てつけという名の底なしの悪意。しかもハルモニたちのデモは、ただのデモではなかった。

 「戦中戦後と差別にさらされ、自尊心を傷つけられてきたハルモニが自分の気持ちを表現するには、受け止めてもらえるという安心感がなければできない。その受け皿となる地域は一朝一夕にできたものではない」。教育を受けられなかった在日1世のために開かれている識字学級のボランティア、鈴木宏子(78)はそう話す。差別デモは、この街で積み重ねられてきた人々の営みを踏みにじり、桜本の街そのものを否定しようとしていた。

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