阿藤快さん死去、地元も「残念」 小田原のPRに尽力|カナロコ|神奈川新聞ニュース

阿藤快さん死去、地元も「残念」 小田原のPRに尽力

今年の「小田原北條五代祭り」で初代早雲役を務めた阿藤快さん=5月3日、小田原城址公園

 小田原市出身の俳優阿藤快さん(69)の突然の訃報に、地元でも惜しむ声が上がった。「小田原ふるさと大使」や小田原北條五代祭りの初代早雲役として地元のPRに貢献しただけでなく、気さくな人柄で誰からも愛された。

 阿藤さんと県立西湘高校で同級生だった市教育長の栢沼行雄さん(69)によると、高校時代は常にプラス思考で、行くところには常に人の輪ができた。「西湘の輝く一番星だった。学校自慢の卒業生だった」と残念がった。

 阿藤さんは1994年から市の「小田原城下町大使」、2010年から「小田原ふるさと大使」を務めた。北條五代祭りでは、01年から7年間、甲冑(かっちゅう)姿でフロート車に乗り、祭りを盛り上げた。10年からは早雲役で騎馬姿を披露した。

 20年近く、北條五代祭りの事前PRに同行した近藤孝市観光協会事務局長(57)は「親しみやすい人柄で、こちらのリクエストを何でも聞いてくれた。来年の相談をしようと思っていた矢先で、残念です」と声を落とした。

 演劇人としても地元に貢献した。阿藤さんが07年から実行委員長を務めた「小田原映画祭」は当初は3年に1度だったが、阿藤さんが「3年に1度では人々に忘れられてしまう」とアドバイスし、毎年開催になった。実行委員で市文化部長の諸星正美さん(58)は「志を継ぎ、映画祭を盛り上げたい」と惜しんだ。

 商店街もその死を悼んだ。小田原駅近くの生花店の宮本直尚店長(38)はある朝、店の近くを歩いていた阿藤さんに気づいた。「名前を呼び、手を振ると、わざわざ横断歩道を渡って、握手をしてくれた。小田原の誇りで訃報はショックです」と話していた。


◆阿藤快さんと小田原北條五代祭り 今年も「小田原北條五代祭り」で初代早雲役を務めた阿藤快さん。4月10日に神奈川新聞社を訪れ、祭りをPRされていました(動画)。

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