1. マリノス

      劇的勝利 藤田が後半ロスタイム決勝弾/横浜M3-2大宮

       2005年から一度も白星がない敵地での劇的な勝利だ。後半ロスタイム。MF中村からのクロスに逆サイドで左脚をめいっぱい伸ばした。横浜MのFW藤田が決勝弾となるシュートをワンタッチで左隅に流し込んだ。藤田は「得点を奪った感覚を久しぶりに味わえた」と雨でびしょぬれのサポーターからの歓声に両手を突き上げた。  ただ、ヒーローは殊勲の藤田だけではない。大卒2年目のMF佐藤が攻守で躍動した。逆転を許した直後の後半7分。中村のクロスに頭でゴールネットを揺らす。「狙い通り。ポンと出るもんですね」と佐藤。記念すべきJリーグ初得点で再び流れを引き寄せると、守備ではバックパスを懸命に追い続けた。これまで停滞気味のピッチに、流動性を生み出している。  4試合連続で先発するなど、シーズン終盤で存在感を発揮する。5月から約4カ月もベンチを外れたが、腐らなかった。午後から一人でボールを蹴ったり、筋肉トレーニングをしたり。果ては疲れを残さないために都内から電車通勤する。「運転は疲れるし、移動時間にいろんなことを考えられる」。積み重ねたそんな努力が実っている。  終盤に驚異的な力を発揮する大宮の“残留力”をねじ伏せた。連勝に導いた23歳は「自分がやることは変わらない。走り続けたい」。長い髪をかきあげた。

    2. 社会

      カジノ法案の成立困難 2閣僚辞任が波及 世論も反対

       カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)整備推進法案は22日、今国会成立が極めて困難な情勢となった。女性2閣僚辞任の余波で同法案を審議する衆院内閣委員会の日程がずれ込んだ上、世論の反対も強いためだ。議論を主導する自民党の幹部からも消極論が目立ち始めた。  内閣委は22日、辞任した松島みどり前法相に代わり、特定秘密保護法を担当する上川陽子法相の所信を聴取しただけで終了。24日の定例日も一般質疑を実施するため、各法案の審議は早くても来週からとなる。  内閣委は給与法改正案や国際テロリスト財産凍結特別措置法案など政府提出法案も抱え、自民党幹部は「カジノどころではない。今国会成立は無理だ」と絶望視した。慎重論がある民主、公明両党は党内議論を始めたばかりで、結論を出すには時間がかかることも、こうした見方を強める結果となっている。  共同通信社が18、19両日に実施した世論調査ではカジノ合法化に反対は63・8%に上り、賛成は30・3%にとどまった。ただ安倍晋三首相はIRを成長戦略の目玉としており、官邸が成立を図るよう自民党国対に指示する可能性は残っている。  ◆カジノ法案 カジノや劇場、大型会議場などが一体となった統合型リゾート施設(IR)の整備推進を政府に促す法案。超党派の議員連盟がまとめ、自民党と日本維新の会(現・維新の党)、生活の党が昨年12月に議員立法で提出した。議連は今月16日、日本人の利用に資格要件を設ける規定を盛り込んで法案を修正することを了承した。民主、公明両党には治安悪化やギャンブル依存症増加などの懸念があるとして慎重論が根強い。IR誘致には横浜市や大阪市、沖縄県などが関心を示している。

    3. SPORTS

      横浜国際女子マラソンが今年限りに 財政難理由に継続断念

       横浜国際女子マラソンが11月16日に実施されることしの大会を最後に終了することが22日、関係者の話で分かった。日本陸上競技連盟とともに主催する朝日新聞社などが、大会の財政難を理由に継続を断念したという。日本女子の繁栄の基礎を築いた前身の東京国際女子マラソンを含めると通算36回目となるレースを最後に、歴史の幕を下ろすことになる。  来年以降は他の都市で新設のマラソン大会を開く方向で日本陸連などが調整している。  国際陸上競技連盟が公認する初の女子マラソンとして1979年に誕生した東京国際は女子選手の参加を促し、84年ロサンゼルス五輪での正式種目採用にもつなげたとされる。日本勢が92年バルセロナ五輪から2004年アテネ五輪まで4大会連続でメダルを獲得する下地をつくり、09年からは舞台を横浜に移していた。  東京マラソンをはじめとする大規模な市民マラソンが人気を集める中、女子のエリート選手のみが参加する大会形式を保ってきたが、近年は日本選手の低迷もあってスポンサー収入に苦しむようになっていたという。

    4. カルチャー

      「ムーミン」作者しのぶ 生誕100年で原画や自画像を展示 そごう美術館

       丸みを帯びた愛らしい姿で人気のキャラクター「ムーミン」の生みの親で、フィンランドの画家トーベ・ヤンソンさん(1914~2001年)の生涯と作品を紹介する「トーベ・ヤンソン展 ムーミンと生きる」が、横浜駅東口のそごう美術館で23日から始まる。22日には開会式と内覧会が行われ、駐日フィンランド大使らが参加した。  ヤンソンさんの生誕100年を記念し、自画像などの油彩画、ムーミンシリーズの挿絵原画、家族が撮影した写真など約400点を展示。ほぼ毎年夏を過ごしたというフィンランド湾の孤島にある「夏の家」も再現し、暮らしぶりや人となりをしのぶことができる。  小説家でもあったヤンソンさんは北欧の精霊をヒントにしてムーミンの物語を書き、挿絵をつけた。ムーミン一家が自然とともに暮らす様子は、現在でも世界各国で親しまれている。  同展では、戦争中に政治家を風刺したイラストを雑誌に発表したり、他の児童文学に挿絵をつけたりといった、あまり知られていない側面も紹介している。  監修者でヘルシンキ現代美術館キアスマ元館長トゥーラ・カルヤライネンさんは「ヤンソンさんは自由であることを何より大事にしていた。多様な作品をご覧いただき、いかに多才なアーティストだったかを体感してほしい」と話した。  11月30日まで。一般千円、高校・大学生800円、小・中学生500円。神奈川新聞社などの主催。問い合わせは同美術館電話045(465)5515。

    5. 社会

      全国消防操法大会の県代表に座間市消防団 大学生ら5人が優勝へ猛練習

       座間市消防団が県代表として初めて、11月の全国消防操法大会に出場する。チームは2人の大学生を含む平均年齢28・8歳の若い5人。「初出場で初優勝」と目標を掲げ、練習にも熱が入る。  5人は市南東部の栗原、さがみ野地域などを担当する第3分団に所属する。出場するポンプ車操法の部では、ポンプ車からホースを伸ばし、放水。的を倒すまでの時間や正確さなどを競う。  1月から練習を始め、10チームが出場した7月の県大会で優勝。11月8日に都内で開催される全国大会への切符をつかんだ。  現在は本番へ向け2日に1度のペースで夜間、市消防本部で練習。ホースの伸ばし方、放水時の筒先の持ち方などの細部の手順を確認している。指導した県消防学校教官の川田直克さん(59)は「アクシデントがなければ、全国でも上位に入れる実力」と評価した。  団員歴15年目というリーダーの高波貴志さん(35)は実家のそば店の2代目だ。「練習を重ね、チーム全員の呼吸が合うくらいの一体感を出したい」と話す。  チーム最年少の東海大3年の田子大介さん(20)は「火事で現場に出動すると、非常に感謝される。応援してくれる地域の人に恩返しができるように、全国で活躍したい」と意気込みを語った。  市は今月25日、5人を応援しようと「激励の集い」を市立ひばりが丘小学校(ひばりが丘4丁目)で開く。5人が操法を披露するほか、消防職員が古式消防で行うまとい振りでエールを送る。午前10時から同11時45分まで。問い合わせは、市消防本部消防総務課電話046(256)2412。

    6. 社会

      真剣に平和望んで 長崎で被爆した深堀さんが藤沢・村岡中で講演

       「弟は亡くなる直前『兄ちゃん、死ぬなよ』と言った。何とも寂しかったですよ」-。長崎の原爆で家族4人を失った深堀譲治さん(83)が22日、藤沢市立村岡中学校で行われた「被爆体験講話会」で、自らの体験を語った。眉間にしわを寄せながら、最愛の弟を看取(みと)った瞬間を振り返り、3年生215人にこう訴え掛けた。「皆さん、真剣に平和を望んでほしい」  長崎市在住の深堀さんは5人きょうだいの長兄で、当時14歳の中学3年生だった。末弟は親戚に預けられ、爆心地から約600メートルの自宅で母と弟2人、妹と5人で暮らしていた。  1945年8月9日は、いつものように自宅から約3キロ離れた動員先の工場へ向かった。「ろくに母の顔も見ずに『いってきます』と叫んで家を飛び出た。皆さんも朝はそんなものでしょう。それが母との最後になってしまった」  原爆の投下時刻は、その工場で迎えた。「突然ぴかっと光って、何もかもピンク色に染まった。空には真っ赤な雲。広島の状況を聞いていたから、これは大変なことだと思った」  翌日、何とかたどり着いた自宅は焼失しており、20センチも積もった灰の中で「どす黒い体の母を見つけた」。その後、弟1人と妹の遺体も自宅近くで発見。生きて再会できた中学1年の弟も、次第に容体が悪化していったという。  「恐らく放射能の影響だと思うが、体に内出血の痕が出て『暑い、暑い』と言う。だが、何をしてあげることもできなかった」。結局、その弟も1週間後、兄に生きろと伝え、息を引き取った。  深堀さんは長年、語り部を固辞し続けてきた。当時を思い出すことが苦しかったためだが、残り少なくなった被爆者として口を開く決心を固めたのが5年前のこと。深堀さんは最後に、今を生きる生徒たちにこう呼び掛けた。  「米国と戦って勝てると言われ、ニュースもうそばかり流していた。私らはだまされて、だまされて、だまされ続けた。また同じことが繰り返されないか心配だ。皆さんは相手をいたわる心を持ち、平和な社会が続くよう努力してほしい」   ◇  被爆体験講話会は2001年度から、藤沢市内の小中学校で実施。これまで約3万8千人の児童・生徒が聴講した。本年度は長崎から招かれた被爆者3人が22と23の両日、計12小中学校で講演する。

    7. 社会

      地下水開発で高配当 架空投資詐欺で7人が再逮捕

       山形県の架空の水源地開発をうたった投資詐欺事件で、神奈川など4県警の合同捜査本部は22日、詐欺の疑いで、グループの統括役とされる経営コンサルタントの男(50)ら7人=いずれも同容疑で逮捕=を再逮捕した。  再逮捕容疑は、7人は共謀し、2011年1月から2月までの間、千葉県御宿町の女性(84)に山形県小国町の地下水開発で高配当が得られると持ち掛け、900万円を口座に振り込ませてだまし取った、としている。県警は、いずれの認否も明らかにしていない。  県警は、グループが約3千人から計約160億円を詐取し、ほかにも仲間がいるとみて調べている。

    8. 社会

      フットサル元日本代表 淫行で罰金100万円

       横浜区検は22日、県青少年保護育成条例違反と児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で、フットサル元日本代表で無職の男(23)=小田原市=を略式起訴した。横浜簡裁は同日、同被告に罰金100万円の略式命令を出した。  起訴状によると、6月、自宅で少女(17)にみだらな行為をするなどした、とされる。  同被告は事件当時、フットサル日本代表で湘南ベルマーレフットサルクラブに所属。逮捕後の9月、契約を解除された。

    9. 社会

      勤務先から2.7億円横領 容疑者逮捕、被害18億円か

       勤務先のNECグループ会社(川崎市高津区)から約2億7100万円を着服したとして、県警捜査2課と高津署は22日、業務上横領の疑いで、ネッツエスアイ東洋の元経理部財務マネジャーの男(50)=茅ケ崎市浜見平=を逮捕した。  同社は3月、2008年3月から13年11月にかけて計約18億円を横領したとして、同容疑者を告訴していた。県警が余罪を調べている。  逮捕容疑は、13年1月から11月までの間、社員の厚生年金保険料の支払い名目で同社名義の小切手9枚を東京都内の銀行で現金化して横領した、としている。県警の調べに対し、同容疑者は容疑を認め、「馬券を買った」と供述している。  県警によると、同容疑者は社内の会計システムを操作できる立場にあり、小切手を二重に振り出していたほか、架空の売掛金を装ったり、銀行の残高証明書を改ざんしたりして経理上の帳尻を合わせていた。内部調査で13年12月に発覚し、同容疑者は今年3月に懲戒免職処分を受けた。

    10. 社会

      新車情報取得事件で 元日産社員が在宅起訴

      日産自動車(横浜市)の発売前の新型車情報を不正に取得したとして、横浜地検は22日、不正競争防止法違反(営業秘密領得)の罪で、元同社社員の男(37)=厚木市=を在宅起訴した。地検は認否を明らかにしていない。  起訴状によると、同被告は昨年7月、自宅や当時の勤務先だった日産テクニカルセンター(厚木市)でサーバーコンピューターにアクセスし、発売前だったスポーツタイプ多目的車(SUV)「エクストレイル」などの計17件のファイルデータを、外付けハードディスクにコピーした。また、同社教育センター事業所(横浜市旭区)で社員研修用の教本の一部をコピーし、昨年7月末から同11月ごろまでの間、不正な利益を得る目的でいすゞ自動車(東京都品川区)の藤沢市内の事業所に持ち込み、営業秘密を取得した、とされる。  同被告は昨年7月末に日産を退社し、転職して同8月からいすゞに勤務。いすゞ側は、機密の持ち込みは確認されていないとしている。県警は同被告を同法違反容疑で5月に逮捕。地検は6月、処分保留のまま釈放していた。

    11. 社会

      原発再稼働を小泉氏が批判 再生エネシンポで

       小泉純一郎元首相は22日、都内で開かれた再生可能エネルギー推進を目指すシンポジウムに出席し、安倍政権の原発再稼働方針をあらためて批判した。  選定が進まない高レベル放射性廃棄物の最終処分場問題を挙げ、「再稼働によって、これからも核のごみが増える状況でどうして自治体が受け入れようと思うのか」と指摘。「政治が核のごみを増やさないという方針を示さなければ、国民は協力してくれない」と断じた。  原発の新規制基準についても「世界一厳しいと言うが、米国や欧州諸国に比べどこが厳しいのか全然示していない」と疑問を呈し、「地震に津波、火山噴火。日本は原発をやってはいけない国だ」と力を込めた。  脱原発を争点に、細川護熙元首相とともに戦った2月の都知事選を振り返り、「敗れたが、全然くじけていない。再生可能エネルギーで日本経済を発展させる意欲を強く持っている」とアピールした。  シンポは、原発に頼らない取り組みを進める城南信用金庫と一般社団法人「えねべん」が主催した。

    12. ベイスターズ

      有原の指名有力 競合辞さず投手優先 23日ドラフト会議

       横浜DeNAは22日、横浜市中区の球団事務所でスカウト会議を行い、23日のドラフト会議で1位指名する選手を絞り込んだ。高田繁ゼネラルマネジャー(GM)は明言を避けたものの、早大・有原航平投手の指名が有力だ。  有原は最速156キロを誇る大学屈指の本格派右腕。秋季リーグは右肘の故障から出遅れたが、複数球団からの指名が確実視されている。高田GMは「故障はあったが、いい投手であることは間違いない」と評価し、指名方針について「一本釣りを狙うことはない。ほかの球団がどうあれ、一番高く評価する投手を指名する」と説明した。指名が重複した場合は中畑清監督がくじを引く。  今季のチーム防御率は3・76と、リーグ最低だった昨季(4・50)から大きく改善。しかし、昨季の開幕投手の藤井や投手キャプテンを務めた藤江ら11投手を解雇し、立て直しが急務だ。高田GMは「先発ローテーションに入ってくるような新人を育てないといけない。選手層が厚くなれば競争も激化する」と語った。  中畑監督は常々「左腕が重要な補強ポイント」と指摘しており、外れ1位候補には山崎福也投手(明大)や浜田智博投手(九州産業大)ら実力派左腕をリストアップ。野村亮介投手(三菱日立パワーシステムズ横浜)や松本裕樹投手(盛岡大付)ら県内ゆかりの選手も上位候補に挙がる。手薄な内野手と捕手の獲得も視野に入れ、全体で5、6人程度を指名するとみられる。

    13. SPORTS

      長崎国体2014:神奈川は天皇杯で6位、皇后杯は9位

       第69回国民体育大会「長崎がんばらんば国体」は22日、秋篠宮ご夫妻を迎えて長崎県諫早市の長崎県立総合運動公園陸上競技場で閉会式が行われ、閉幕した。長崎が天皇杯(男女総合優勝)、東京が皇后杯(女子総合優勝)を獲得し、神奈川は天皇杯で4大会連続6位。皇后杯は前回大会から順位を二つ下げて9位だった。第70回大会は和歌山県で来年9月26日から10月6日まで開催される。  神奈川勢の競技は、陸上成年少年男子共通400メートルリレー決勝が8位に入賞した。  このほか、バスケットボール少年男子決勝は福岡(選抜)が97-83で茨城(選抜)に逆転勝ちし、4年ぶりに優勝した。

    14. SPORTS

      長崎国体2014:成年少年男子共通400リレー決勝で神奈川8位 次代担う若手に刺激

       国体の締めくくりとなった成年少年男子共通400メートルリレー決勝。神奈川は最下位の8位で終え、エース畠山は「結果は悔しい。でもレースは楽しめた」と自らに言い聞かせた。  第1走者は100メートルが専門の岩崎。力走して第2走者でリレー専属の谷口につなぐと、第3走者の畠山までほぼ横一線。相洋高1年のアンカー飯嶋に期待がかかったが、残り80メートル付近で北京五輪日本代表の塚原(長野)や仁川アジア大会銅メダリストの高瀬(静岡)ら、強豪の前に置き去りにされた。  ただ、3年連続の決勝進出は誇れる。各チームが国内トップクラスをそろえたのとは対照的に、絶対的主軸が不在。世代も所属も異なる4人でチーム練習ができたのはわずか3度だった。  それでも若き選手は持ち帰ったものがある。東海大に進学予定の岩崎は「成人と走れて刺激を受けた」。飯嶋は「スーパースターと一緒に走れた。一生ものの経験」と目を輝かせた。次代の神奈川陸上界を担う2人の表情は頼もしさを増していた。

    1. プロ野球

      ドラフト「運命の日」へ 神奈川の注目選手<5>野村亮介投手・三菱日立PS横浜

      複数球団のスカウトが見守る中、地元で最後の実戦アピールとなった7日の秋季県企業大会。三菱日立パワーシステムズ横浜の野村亮介は圧巻の投球を披露した。JX-ENEOSを相手に、140キロ台中盤の直球を低めに集め、フォークとチェンジアップも切れて7回2安打無失点。「今更、何をやっても(評価は)変わらないだろうと思う」と淡々と話したが、「即戦力」の評価を決定付けた。 ■□■  静岡・静清高から入社して3年目。プロ解禁となった今季、年間を通じてエースの役割を果たした右腕は「予想外の好結果だった」と振り返る。  ハイライトは今夏の都市対抗大会。ホンダ熊本との2回戦は7回まで無失点。日本新薬との3回戦では、自己最速の149キロをマークして4連続三振を奪うなど2回を1安打に封じた。「真っすぐを内と外にしっかり投げ分けられる。追い込んだらフォーク。安定して試合をつくれるようになった」。自らのピッチングを分析するとき、口調が自然と強くなったのは、揺るがぬ自信の表れだ。 ■□■  小学1年で野球を始め、3年から投手一筋。誰もが一度は夢見るプロの世界は「中学の時はどうでもいいと思っていた」という。だが、高校2年春の選抜大会、京都成章との1回戦で5安打3失点完投して以来「自分もいける」と目指し続けてきた。  激戦区・神奈川の社会人野球でJX、東芝という屈指の強豪と切磋琢磨し、着実に進化を遂げた21歳。「神奈川じゃなきゃ、このチームだからここまで成長できた」。ドラフト指名を受ければ、チームとしては三菱重工横浜クラブ時代の2006年、岩崎哲也投手(西武5巡目)以来の快挙となる。  「プロでやれる自信はある。結果を待ちたい」。夢の扉が開く日は、もうすぐだ。  のむら・りょうすけ 静岡・静清高-三菱日立パワーシステムズ横浜。最速149キロの直球と鋭く落ちるフォークが武器。187センチ、80キロ。右投げ右打ち。21歳。

    2. 社会

      時代の正体(36の1) ヘイトスピーチ考 表現の自由と対立せず

       在日コリアンの排斥を唱え、差別と暴力、憎悪をあおるヘイトスピーチ。国連人種差別撤廃委員会から規制を求める勧告がなされたが、法規制については表現の自由を制限するとして慎重論もある。前人種差別撤廃委員会委員のパトリック・ソーンベリーさんはしかし、言う。「ヘイトスピーチ規制と表現の自由を対立させる考えは誤りだ」。条約の第一人者が語った、社団法人自由人権協会主催のシンポジウムでの講演を紹介する。  国際的な義務として人種差別撤廃条約が締約国に何を要請しているかというと、第一に人種差別を違法とする法制度を設けること、第二にヘイトスピーチを禁止することだ。  哲学的になるかもしれないが、ヘイトスピーチの禁止と表現の自由を対立させる考え方はいかがなものかと考える。なぜならヘイトスピーチから自由であるということも人権の一つであると考えるからだ。つまりヘイトスピーチの禁止は自由を狭めるのではなく、ヘイトスピーチがない状態で人としての尊厳が守られて生きるということは、権利として認められるべきだと私は思う。  人種主義者を表現の自由のヒーローのように捉えるべきではない。人種主義者がやっているのは、弱い立場の人たちの言論を沈黙させることにほかならない。  どんな社会にも完全な表現の自由というものは存在しない。タブーがあり、限界はある。それは児童ポルノであったり、国際的にはジェノサイド(大量虐殺)を扇動する言動であったりする。いかなる社会にも許容可能な言動と許容できない言動があり、無制限に認められる権利というものはないものだ。      ■境 界  ヘイトスピーチを規制する法律を作る際に問題になるのは、線引きが不明確になされることだ。それはしかし、境界線をきちんと画する努力によって解決可能だ。そのためのガイドラインが、人種差別撤廃委員会が2013年に作った「一般的勧告35」だ。  ヘイトスピーチにも程度の違いがあって、聞いた人が単に気分を害するというものもある。それであれば刑法で処罰する必要がないと私は考える。対して人間の尊厳を踏みにじり、同じ社会に存在することを否定する類いのものは許されるべきではない。  条約の1条で差別の事由として挙げられているのは人種、皮膚の色、世系、民族的、種族的出身の五つだ。4条で禁止しているのは人種主義の扇動、人種的優越または憎悪に基づく思想の流布、そして人種主義的暴力の扇動や人種差別の扇動などである。  思想の流布の方法には直接、間接的なものだけでなく、示唆することも含まれる。人種主義を想起させるシンボルを使うことがそれに当たる。      ■責 務  日本は一部留保しているが、4条は特定の行動について刑罰をもって対処すべきだと定めている。  この点、前述の「一般的勧告35」は、ヘイトスピーチと闘うためには、刑罰のみならず、あらゆる資源を動員しなければならないことを明確にした。最低限必要なのは人種差別撤廃のための刑法、民法、行政法にまたがる包括的な立法であり、対抗言論や人種差別に関する教育などでバランスを取っていかなければならないということも説明している。  そして条約を守るべき主体だが、国際法の原則からすれば、政府とは国の領土全体に責任を負うものを指し、この責任は黙示的に、地方公共団体やそのほかの地方組織、公人に対する責任も負うと当然導かれる。  また、国内法を国際的な責務を否定するために使ってはならないという原則もある。つまり、国内法が国際的に求められている責務と合致していないのなら、それを果たせるよう国内法を変更していくというのが国際法上の原則だということを付言しておきたい。

    3. 社会

      時代の正体(36の2)ヘイトスピーチ考 害悪認識を出発点に

       ヘイトスピーチの法規制については表現の自由を制限することへの懸念から慎重論も根強い。師岡康子弁護士はしかし、その害悪の深刻さと放置することの危険性を説く。  法規制の是非を論じる前に標的とされている在日コリアンが置かれている状況を確認する必要がある。それを踏まえなければヘイトスピーチの害悪は理解できない。本当の深刻さは全体的な差別状況と一体になっていることにあるからだ。  まず外国籍の在日は出入国管理法で日常的に管理されている。就職差別があり、アパートなどへの入居差別も多い。民族の言葉や文化を学ぶ権利が保障されていない。地方参政権もない。  つまり生活のあらゆる場面で差別されている。そうした人たちに「それは属性が劣っているから」と烙印(らくいん)を押し、言葉のナイフで突き刺すのがヘイトスピーチだ。  それは恐怖や心身の不調をもたらすだけでなく、自己を否定させ、社会への絶望を抱かせる。在日は関東大震災で虐殺に遭い、戦時中は性奴隷制度といった、植民地支配に始まる差別を何代にもわたり受けてきた。そうした属性に対する言動による攻撃は相手に何世代もの差別を思い起こさせ、何重もの苦痛をもたらす。  在日特権を許さない市民の会のメンバーらが有罪となった京都朝鮮学校襲撃事件では、悪(あく)罵(ば)にさらされた子どもの中には今でも日本人に会うだけで体がこわばり、音を流す車に街宣車を思い出しておびえる子もいる。差別デモに遭遇しないよう予定を確認しないと外出ができず、本名も名乗れないなど属性を理由に攻撃を受けないという自由が奪われている。  さらにヘイトスピーチは差別や暴力を広めて対象者を社会から排除し、最悪の場合、戦争やジェノサイドを引き起こす。1965年に人種差別撤廃条約ができたのもネオナチによりユダヤ人虐殺が再び起こるのではという危機感からだ。  表現の自由を制限する懸念から法規制に反対する声もあるが、ヘイトスピーチがマイノリティーの表現の自由を侵害していることへの危機感が薄いと言わざるを得ない。言葉の暴力でマイノリティーを沈黙させ、ともに歩もうという人も黙らせる。そうして民主主義を破壊する。  権力が規制を乱用する危険があるからといって問題を放置するのはおかしい。どんな法律にも乱用の危険性はある。極めて深刻な害悪があるのだから、乱用させない取り組みを進めていくべきだ。  差別を撤廃させる責任を国家が持つ。それが国際人権法の考え方だ。日本にはそのための法制度がほとんどない。政府はまず、どれほど深刻な状況にあるかのを調査し、差別撤廃政策の枠組みをつくることを出発点にしなければならない。

    4. 社会

      【速報】横浜駅で人身事故

       22日午後8時50分ごろ、JR東海道線の横浜駅下りホームで、人身事故が発生した。影響で東海道線は東京-熱海間で運転を見合わせている。

    1. 高校野球

      ドラフト「運命の日」へ 神奈川の注目選手<4>東海大相模・佐藤雄偉知投手

       夏の終わりは甲子園のブルペンで迎えた。全国高校野球選手権初戦。東海大相模は2-4の九回裏、1点差まで詰め寄っていた。追い付けば4番手としてマウンドを託されるのはただ一人。佐藤雄偉知しかいなかった。  「同点にしてくれ。マウンドに上がり、思い切って投げれば結果はついてくる」。背番号18は高ぶる気持ちをブルペン捕手のミットにぶつけ、味方の反撃を待った。だが、憧れ続けた聖地のマウンドは遠かった。  あまりにも早い幕切れに「整理し切れない思いがあった」という。出られなかったことよりも目標だった全国制覇を成し遂げられなかったことが悔しい。ただ、一人の投手として白線をまたげなかった無念もないわけではなかった。 ■□■  「140キロカルテット」と騒がれた東海投手陣にあって、192センチの右腕は見せ場が多いとは言えなかった。神奈川大会での登板はわずか2試合6回1/3。「優勝にあまり貢献できなかった」。勝ち取った甲子園は誇らしいが、歯がゆさも残る。大阪入り後、宿舎の門馬敬治監督(44)の部屋で思いがほおを伝ったこともある。  それでも、その潜在能力は計り知れない。長身から繰り出す最速148キロの速球に、フォーク、スプリットと2種類の縦の変化も持っている。まだまだ粗削りだが、完成されたときのスケールの大きさに夢が広がる。  ベストピッチは2年秋の県大会準々決勝。桐蔭学園戦で5回無失点、9奪三振と好投した。許したのは内野安打1本だけだった。 ■□■  高いポテンシャルを認めているからこそ、門馬監督はあえて厳しい言葉を送る。「持っているものを出し切れたわけではなく、才能はまだ開いていない。直球で押し切れる投手になれれば理想だが、投球術も含めあと2年ぐらい育てたいという思いもある」  本人も自覚する。プロ志望届を出すか迷った。だが、最後は自分の気持ちに懸けた。「結果を残し続けないと生き残れない厳しい世界だけど、一番高いレベルで成長したい」。全国制覇は果たせなかったが、個人としての目標はこれからだ。  理想とするのは田中将大(米大リーグ・ヤンキース)。「頑張らないといられない世界。どの球も磨いて相手に迷いをつくれるような投手になりたい。強気に、ひた向きに投げていきたい」  さとう・ゆういち 中央中(厚木ボーイズ)-東海大相模高。最速148キロの速球と切れ味鋭いフォークを武器とする大型右腕。3年夏に甲子園出場。192センチ、94キロ。右投げ右打ち。18歳。

    2. カルチャー

      メガネベストドレッサー賞 石原さとみらが受賞 県内は甘利大臣、May J.が輝く

       メガネが最も似合う著名人に贈られる「第27回 日本メガネベストドレッサー賞」の表彰式が20日、東京・有明の東京ビッグサイトであり、芸能界部門から女優の石原さとみさん(27)、スポーツ部門はソチ五輪の個人ラージヒルで銀メダル、同団体で銅メダルに輝いたスキージャンプ日本代表の葛西紀明選手(42)、アイドルグループ「AKB48」から総選挙1位の渡辺麻友さん(20)ら8人がサングラス選抜メンバーとして登壇した。  石原さんは「4年ぐらい前までファッションやメークには無頓着でしたが、好きなお店ができて興味を持つようになりました。中でもメガネには1番お金を使っています。すっぴんのときも、かけるだけでおしゃれにしてくれるのがメガネ。メガネが似合う女性になりたい」と話していた。  県内が甘利明経済再生担当大臣(65)が政界部門、ディズニー・アニメーション映画「アナと雪の女王」の日本語版主題歌「Let it go~ありのままで」で知名度を上げた歌手のMay J.さんが、今後メガネをかけて活躍してほしい人に贈られる「メガネ特別賞」を獲得。女性閣僚2人が相次いで辞任したこの日、甘利大臣は「今日は大変な1日だった。(大臣2人の辞任で、第二次安倍政権の)視界が良くなればいい」とコメントした。 ◆「第27回 日本メガネベストドレッサー賞 受賞者」 ▽政界部門:甘利明(経済再生担当大臣) ▽経済界部門:荻原博子(経済ジャーナリスト) ▽文化界部門:高嶋ちさ子(バイオリニスト) ▽スポーツ界部門:葛西紀明(スキージャンプ選手) ▽芸能界部門:石原さとみ(女優) ▽サングラス部門:道端アンジェリカ(モデル) ▽メガネ特別賞(今後、メガネをかけて活躍してほしい人):May J.(歌手) ▽サングラス特別賞(今後、サングラスをかけて活躍してほしい人):AKB48(アイドルグループ) 小嶋真子、田野優花、横山由依、渡辺麻友、加藤玲奈、木崎ゆりあ、峯岸みなみ、向井地美音

    3. 社会

      生かそう海の魅力 横浜内港地区のまちづくりコンペ 大学生がアイデア披露

       大学生らによる横浜港の内港地区を対象としたまちづくりコンペが19日、横浜市中区で開かれた。2大学から建築やまちづくりを学ぶ計5グループが参加。水上交通や水路、図書館などを生かした柔軟なアイデアを発表した。最優秀賞には関東学院大学のグループが選ばれた。  みなと総合研究財団が主催するコンペは、海を生かしたまちづくりに関わる人材の育成などを目的に、2011年度から始まった。過去3回のテーマは横須賀の海がテーマで、横浜の海は初めて。  5大学10グループから応募があり、コンペには日本大学と関東学院大学の計5グループが参加。スライドを使って10分間ずつ説明し、地域特性の理解や、着想やプランの良さ、表現力などが審査された。  関東学院大のグループが提案した計画は「港を耕す」。浄化槽や紫外線を使って水質を向上させて多様な生態系を創出し、野菜の栽培や養殖を行う。観光目的が主のシーバスを日常生活でも利用してもらえるように、市営バスなどの停留所の近くに乗り継ぎ施設を設け、水辺にランニングコースやサイクリングコースを整備。自然、社会、人体の三つの環境を連動して向上させるプランだ。  代表を務めた宮下平志郎さん(25)は「こういう賞をもらうのは初めてなので素直にうれしい」と喜び、「観光客だけでなく、地域住民に対しても海と触れ合う機会を増やすことができれば、違った魅力が生まれると思う」と話した。  そのほか、水路を張り巡らせる計画を発表した日大のグループが企画賞に、図書館を活用したまちづくりを提案した同大学の別のグループがデザイン賞に選ばれた。  3賞を受賞したアイデアは、25、26の両日に横浜市中区の横浜赤レンガ倉庫広場で開催される「東京湾大感謝祭」の会場にパネル展示される。

    4. 社会

      時代の正体(35) 歴史と向き合う 慰安婦報道問題

       朝日新聞が旧日本軍の従軍慰安婦に関する一部記事を撤回した問題が波紋を広げている。研究者からは「慰安婦を強制連行したとする『吉田証言』が虚偽だったとしたことで『慰安婦問題自体が朝日の捏造(ねつぞう)だった』という誤った主張が広がっている」との懸念が示される。一方、自社報道の検証のため設置した第三者委員会のあり方にも疑問の声が寄せられ、「近年見つかった資料も踏まえて検証し、報道してほしい」との指摘がなされている。研究者らが開いた会見の発言を紹介する。 ◆国際社会と認識にずれ 大森典子・弁護士  吉田証言に関する記事の取り消しは国際社会の慰安婦問題に対する認識に影響を与えていない。強制連行があったかは関心の外だからだ。国際社会は強制連行の有無ではなく、連行後に女性たちがどう扱われたかを重視している。  慰安所に入れられた女性は、日本軍の管理下で監禁状態にされた性奴隷であり、深刻な人権侵害を受けたことが問題であると受け止められている。  そうした認識に基づいてさまざまな人権機関が日本政府に対して謝罪と賠償を求める勧告を行い、米下院やEU議会でも決議がなされた。強制連行があったか否かが議論されてきた日本と国際社会の間には認識の大きなずれがある。  戦時下の性暴力については、国際社会で関心の高いテーマになっている。安倍晋三首相も9月に国連で行った演説で「女性に対する人権侵害のない世界にしていく。日本は紛争下での性的暴力をなくすため、国際社会の先頭に立ってリードしていく」と演説した。国際社会は慰安婦問題に対して、日本がどう対応していくのかを注視している。  朝日新聞の第三者委員会は国際社会の観点を意識して議論するべきだ。なのに、国際的な人権問題に関わった法律家や人権団体の専門家がいない。慰安婦問題がいくつもの国際法・国内法に違反し、国際人権機関で取り上げられていることを考えると、この顔触れは問題。7人の委員のうち女性が1人しかいないのもアンバランスだ。 ◆教育や研究、行いにくく 中野敏男・東京外国語大学大学院教授  いま、慰安婦問題を考えるため被害者を招いて話を聞く機会を設けようと思っている。どんな問題でも当事者から直接話を聞くことが重要だと考えるからだ。だが、朝日新聞が慰安婦に関する記事を取り消してから、社会の雰囲気ががらりと変わった。慰安婦に関する教育や研究自体が行いにくくなっている。  理由は、さまざまなバッシングが慰安婦問題そのものがなかったかのような誤った認識に基づいてなされているためだ。特に朝日が記事を取り消してから激しくなり、その矛先は慰安婦問題に詳しい研究者にも向けられている。  朝日の問題が持ち上がっていなかった4月にも兆候はあった。広島大の授業で慰安婦問題を扱うドキュメンタリー映画を題材にした授業が行われた。学外から「内容が一方的だ」と抗議が相次ぎ、インターネット上には教員への中傷が相次いだ。  こうしたことが続けば、慰安婦問題を研究し、教育することに抑制がかかりかねない。大学は真実を追究する場だ。  慰安婦問題そのものがなかったかのような言葉はあちこちで発信されており、このままでは事実に基づかない認識が学生の常識のベースになりかねない。  専門的な研究成果が世の中に知られていないのは残念だ。研究者ももっと事実を発信しなければならないと感じている。研究に基づいた正しい認識が社会に共有されてほしい。 ◆検証に研究成果 反映を 林博史・関東学院大教授  吉田証言は虚偽だということは研究者の間では常識だった。だから報道が取り消されたことに何の驚きもない。  慰安婦の研究者は、河野談話が出された1993年以降もさまざまな資料を発掘し、集めてきた。日本軍や日本政府の文書、被害者の証言、兵士がつづった戦記や回想録、各国政府の文書もあり、その数は500点にも上る。  慰安婦に対して、暴力的な連行を示す文書が数多く発見され、慰安所に入れられた女性たちが深刻な性暴力にさらされ、重大な人権侵害があったことが明らかになっている。これらの研究は吉田証言に全く依拠していない。  重視すべきは、被害者が逃げることができず、毎日何十人もの相手をさせられたことで、人権の問題だ。  朝日新聞の検証記事では、20年来の研究で明らかになってきた事実への言及が断片的だった。慰安婦問題について正面から取り上げ、社としてどう考えているのか、積極的にきちんと示してほしい。そうしなければ、逃げ腰の報道になってしまう。  「慰安婦問題そのものが捏造」とする明らかな誤りの意見、「朝日バッシング」が続いている。こうした主張に毅然として対応し、誤解を生まないためにも、研究に基づく事実を報道してほしい。重大な人権侵害があった、ということを紙面で伝えるべきだ。  吉田証言は1982年に初めて朝日新聞で記事になった。30年前のことだけを検証するのでは不十分だ。  朝日新聞の慰安婦報道を検証する第三者委員会に、慰安婦問題の調査研究を正確に把握している専門家を加えることが必要だ。7人の委員はそれぞれの分野の専門家だが、慰安婦問題への研究業績のある人がいない。なぜ入れていないのか不思議に感じている。これでは最新の研究成果を検証に盛り込むことができない。 【朝日新聞の従軍慰安婦報道問題】 朝日新聞は今年8月、韓国・済州島で強制連行したなどとする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽と判断し、1980~90年代に計16回掲載した記事を取り消した。検証記事で「済州島で再取材したが、証言を裏付ける話は得られなかった。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾が明らかになった」とした。  また、記事作成の背景や記事取り消しに至る経緯を検証するための第三者委員会を今月9日に発足。委員長は元名古屋高裁長官の中込秀樹弁護士で、委員はジャーナリストの田原総一朗氏、外交評論家の岡本行夫氏、国際大学長の北岡伸一氏、筑波大名誉教授の波多野澄雄氏、東大大学院教授の林香里氏、ノンフィクション作家の保阪正康氏。日韓関係や国際社会への報道の影響などについても調べ、2カ月をめどに具体的な提言を盛り込んだ報告をまとめるとしている。

    1. 社会

      防災訓練にアマ無線 鎌倉・大町自治連合会で避難状況など確認

       アマチュア無線を活用した防災避難訓練が19日、鎌倉市大町1丁目の妙本寺などで行われた。大町自治連合会の取り組みで、災害発生時につながりにくくなる電話やメールの代替通信手段として定着させようと、今回初めて実施した。  同連合会は、JR鎌倉駅南東の9自治会約2400世帯が加入。材木座海岸や山地にほど近く、市の津波、土砂災害のハザードマップでも対象地域とされている。  避難訓練は午前10時のサイレンを合図に、自治会ごとに5カ所の避難場所へ集合。このうち妙本寺と大町ふれあい広場の2カ所にアマチュア無線機器が設置され、双方で避難者の人数やけが人の有無などを交信、確認し合った。  東日本大震災では、大町地区でも電話やメールでの連絡に不自由が生じた。これを受け2011年11月、「鎌倉大町非常通信アマチュア無線クラブ」を開局。現在は住民ら22人が参加する。メンバーの中山智博さん(54)は「各避難所にアマチュア無線を置ければ情報伝達に大いに役立つ」と期待。将来的には行政や遠隔地との連携を確立していきたいという。  このほか、子どもやお年寄りをリヤカーに乗せて境内奥へと続く上り斜面を移動させたり、避難者全員にペットボトルの水を配布することで人数を把握したりと、災害時さながらの訓練が行われた。  妙本寺への避難訓練に参加した主婦の河合庸子さん(76)は「震災や台風18号など怖い災害がたくさんあった。避難場所までの距離を歩いて体験でき、良かった」と話していた。

    2. 高校野球

      ドラフト「運命の日」へ 神奈川の注目選手<3> 横浜隼人・宗佑磨内野手

       エリート街道を歩んできたわけではない。全くの無名の中学時代からドラフト指名候補にまで駆け上がった。横浜隼人高の宗佑磨。その飛躍はきっと、たくさんの野球人に夢を与える。  50メートル5秒8の脚力と立ち幅跳びは校内一の2メートル67。全身バネのようなプレースタイルは誰をも魅了するが、武器はそれだけではない。  「スポンジのような吸収力」。水谷哲也監督(50)はそう表現する。「入学したときはへたくそ。ゴロは両足をついて捕るし、打撃ではタイミングも取れない。けん制で挟まれたときにタッチしにくる二塁手を飛び越えようとしたこともある」。恩師は愉快げに若かった教え子のプレーを振り返る。 ■□■  出身は鎌倉の玉縄中。県大会出場経験はない。「ちゃんとやっていなかったですね。委員会活動で遅くなったら、そのままみんな帰っちゃうみたいな」。どこにでもある野球部。原石は原石のままだった。  高校入学と同時に牧歌的だった環境は戦いの場へと変わった。全力疾走でのグラウンド3周に始まり、日が落ちても夜間照明の下で続く練習。ティー打撃は一日3千球に及んだ。  「最初は何でこんなことしなくちゃいけないんだろうと思ったし、ついていけるかと正直不安だった」。当時65キロにも満たない1年生にとっては練習は過酷を極めた。  チャンスをつかんだのは1年の秋だった。外野手としてメンバー入りすると、準決勝で当時注目されていた平塚学園の右腕熊谷拓也(法大)から2安打をマーク。2年春には桐光学園の松井裕樹(楽天)からも2安打を放ち、好打者として名が知れ渡った。   ■□■  体ができてきた2年時からは本塁打を20本以上量産。今夏の準々決勝で横浜スタジアムの右翼席にたたき込んだ一発で26本塁打に達した。苦手の三遊間へのノックを受け続け、広い守備範囲と強肩で魅せる遊撃の守りも強みとなった。  「一番育ったのは心。相手はこう考えている、こうすれば喜んでもらえるということを考えるようになった」。心優しいバットマンは、人生を大きく変えた高校生活を顧みてこう続ける。「プロは夢のある場所。そこで活躍してたくさんの人に恩返しがしたい」  好きな言葉は米アップルの創設者、スティーブ・ジョブズの「常にハングリーであれ。常に愚かであれ」。謙虚に、だが貪欲に己を磨き続ける。 (須藤 望夢) 俊足と類いまれな身体能力が光る横浜隼人高・宗 =第96回全国高等学校野球選手権神奈川大会から  むね・ゆうま 玉縄中-横浜隼人高。50メートル5秒8など身体能力抜群。今夏の神奈川大会では4強止まりも、準々決勝で勝ち越しソロ本塁打を放つなど高校通算26本塁打を放った。181センチ、78キロ。右投げ左打ち。18歳。

    3. 社会

      シベリア抑留 何があったのか(下)帰還後も“素性”隠した

      【皇国少年】  猪熊得郎さん(86)=横須賀市長沢=は1944年4月、15歳の時に志願して水戸の航空通信学校に入隊した。反対する両親と三日三晩論争し、ハンストしてまで意志を貫いた。前年11月にマキン島、タラワ島の日本軍守備隊が玉砕。「皇国少年でしたから、今こそ国難に立ち向かうという気持ちでした」  満州に配属された。関東軍指揮下の第22対空無線隊の通信兵。公主嶺で終戦になり、シベリア鉄道沿線のシワキ収容所に送られた。極寒、重労働、飢餓の三重苦を乗り切れたのは「苦労をかけた両親に孝行したい」の一念だった。  2年3カ月の抑留生活を耐えて47年12月、復員船で京都・舞鶴に帰った。しかし、夢に見た祖国は歓喜一色ではなかった。   【赤い帰還者】  収容所でのソ連側によるプロパガンダによって、共産主義に心酔するようになった抑留者たちがいた。孤絶した環境での一方的な思想教育。旧軍に対する恨みが「反軍」から「反天皇制」、さらに共産主義思想に向かわせたという見方もある。彼らは労働歌、革命歌を合唱して時に下船を拒否し、あるいは上陸して警官隊と衝突した。抑留者を二分した「アカハタ」組と「日の丸」組の対立。シベリア抑留研究会の代表世話人、成蹊大名誉教授の富田武さん(69)=ソ連政治史・日ソ関係史=によると、引き揚げ担当の日本人係官が、船内での抗争を危惧して、二つのグループを別の船に乗せたこともあったという。  赤い帰還者-。米ソ冷戦が表面化し、国内でも共産主義への警戒心が強まった。猪熊さんは長い間、就職の際に“シベリア帰り”を隠した。抑留で祖国に捨てられ、やっとの思いで復員すれば白い目で見られる。「好き好んで捕虜になったわけじゃない」。理不尽さへの怒りを、どこに向ければいいのか。   【語り部】  曲折を経て2010年6月、「戦後強制抑留者に係る問題に関する特別措置法」(シベリア特措法)が成立、生存者に特別給付金が支給された。支給額はとても満足できるものではなかったが、「額の問題じゃない。政府がやっと私たちの存在を正式に認めて抑留の実態解明、遺骨収集、体験を継承する事業などを行うことが決まったんです」と、猪熊さんは評価する。「公然と抑留者と言える時代が来た。随分、時間がかかりましたねぇ」  「話したくない、聞きたくない」体験を、猪熊さんは定年後、さまざまな場で語るようになった。「死んだ仲間たちの無念さを伝えることが、生き残った者の責任ではないか」と。  それでも、当初は「オブラートに包んだ」話だった。極限状況で人間性を失い、自らの醜さをさらす事をためらった。しかし、それでは真実は伝わらない。ひとかけらのパンを得るために戦友の遺体から着衣を奪った仲間は、明日の自分だったかもしれない…。真実を吐露するまでに、長い年月が必要だった。  猪熊さんの話は、記者に山崎豊子の長編小説「不毛地帯」を思い出させた。主人公・壹岐(いき)正は元大本営参謀。11年に及ぶ抑留から生還し、就職の面接で社長の大門からシベリア体験について問われる。次の一節-「人間として見てはならぬもの、してはならぬこともしてしまった地獄の生活であった。それだけに、一日も早く心の中から拭い去ってしまいたいことであった。それが大門の問いかけによって、創口(きずぐち)が開き、どくどくと血を噴き出した」。壹岐は猪熊さんでもあるだろう。   【終わらぬ「戦後」】  安倍晋三首相は、かねて「戦後レジームからの脱却」を訴えてきた。が、猪熊さんは「『戦後処理』は終わっていない」と言い切る。「シベリア抑留者の正確な人数すら分かっていません。移送の途中で脱走して、ソ連兵に射殺された人もかなりいる。『何十万人』という十把一からげでは済まない。一人一人に名前があり、生きざまがあり、家族がいるんです。政府の責任で一刻も早く実態を調べ、遺骨を収拾してもらいたい」  厚生労働省によると、シベリア抑留中の死亡者は約5万3千人(モンゴルを除く)。これまでに旧ソ連・ロシア政府が約4万1千人分の抑留中死亡者名簿を提出、うち約3万2千人については死亡者が特定できた。残る未特定者は約2万1千人。2008年、日本政府はロシア国立軍事古文書館に約70万枚の抑留者個人カードが保管されていることを確認。同省が身元の照会、特定を進めている。   【記憶遺産へ】  国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国内委員会はことし6月、重要な歴史文書の保存を目的とする記憶遺産の候補として、政府が申請した国宝の東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)と、京都府舞鶴市(舞鶴引揚記念館=別項)が申請したシベリア抑留に関する日記や手紙の計2件を選んだ。ユネスコは、2015年夏ごろに登録可否を決める。  来年は戦後70年の節目。シベリアの凍土に日が差すだろうか。  ◆舞鶴引揚記念館 舞鶴港は戦時中、旧海軍の軍事拠点。戦後は1945年10月に外地から最初の引き揚げ船が入港して以来、13年間にわたって約66万人の引き揚げ者・復員兵を迎え入れた。88年4月、史実を後世に伝えるために京都府舞鶴市が引揚記念館を開館。抑留者がシベリアで使用したコートや防寒着、シラカバの皮につづった日記、“岸壁の母”のモデルである故・端野いせさんが息子に宛てた手紙など約千点を常設展示している。電話0773(68)0836。