1. 裁判

      神奈川アスベスト訴訟 国側、請求棄却求める 横浜地裁

       建設現場でアスベスト(石綿)対策を国が怠ったため中皮腫や肺がんなどになったとして、県内の建設労働者とその遺族52人が、国と建材メーカー43社に慰謝料など計約17億3千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が31日、横浜地裁(始関正光裁判長)で開かれた。国とメーカー側は、いずれも請求棄却を求めた。  原告は、1960年代から90年代後半までを中心に、県内の建設現場で大工や左官、塗装、内装などに従事していた労働者と、その遺族。原告側は、65年には石綿の危険性が国際的に明らかになったのに、国は適切な対策を取らなかったと主張。建材メーカーも、危険性を警告せずに使用を中止しなかった、としている。  原告側の意見陳述で、建設現場で43年間働き、肺がんや石綿肺を患っている原告団長(76)は「これから被害が出てくる若い人のためにもやらなければならない裁判。国と企業は責任を認め、救済制度をつくってほしい」と訴えた。  国は詳しい認否を行わなかった一方、意見陳述し、「当時は石綿の危険性について医学的知見が確立しておらず、規制内容は合理的だった」などと主張した。  石綿被害をめぐっては、同様の集団訴訟が東京や札幌など全国6地裁で起こされている。2012年5月の横浜地裁判決は、国とメーカーの責任を認めなかったが、同12月の東京地裁判決では、国の責任のみ一部認めた。両訴訟はともに東京高裁で控訴審が続いている。今回の訴訟は、横浜訴訟の第2陣として提訴した。

    2. 裁判

      大和プール事故訴訟 元園長ら争う姿勢 横浜地裁

       大和市の私立大和幼稚園の屋内プールで2011年7月、男児=当時(3)=が溺死したのは安全管理体制が不十分だったとして、遺族が園を運営する学校法人西山学園と、当時の園長や担任教諭ら計4人に約7300万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が31日、横浜地裁(寺本昌広裁判長)で開かれた。園や元園長ら4人はいずれも請求棄却を求めた。  遺族側は、園長は安全管理教育や訓練を十分に行わず、国が策定した指針に基づく安全マニュアルも作成しなかったと主張。教諭らはプール内全体に目を配る注意義務を怠り、溺れた貴弘ちゃんを死亡させた、としている。被告側は、詳しい認否は次回以降に行うとした。  事故は11年7月11日、屋内プール(水深約20センチ)での水遊び中に発生。当時の担任教諭(24)と元園長(67)が業務上過失致死罪で起訴された。担任は罰金50万円が確定し、元園長は7月18日の初公判で起訴内容を否認している。  閉廷後、取材に応じた男児の父親(39)は「(男児のために)何年かかってでも責任を認めさせるよう頑張りたい。(被告側は)事故防止につなげる姿勢で裁判に臨んでほしい」と話した。

    3. 政治・行政

      10年で8300万円過徴収 湯河原町の固定資産税

       湯河原町は7月31日、固定資産税などを10年間にわたって納税者67人から最大で計約8300万円を過剰徴収していたと発表した。また当時は税務課で、算定額を意図的に高くしていた町消防本部総務課長の男性職員(50)を同28日付で戒告の懲戒処分とし、過剰徴収分は返金する。  町によると、男性職員は少なくとも2004年度から09年度まで、固定資産税の軽減特例が適用される「住宅用地」を「非住宅用地」として扱い、過剰に徴収。異動する際も後任者に事実を隠し、踏襲されていた。他の担当者がデータの入力ミスをするなどしていたことも分かった。  過剰徴収は、データが残っている04年度から昨年度末までに計67人、最大で計8382万5千円に上る。03年度以前についても、納税通知書などがあれば調査できるという。今年6月に、納税者から問い合わせがあり判明した。  男性職員は、当時の税務課長と相談した上で過剰徴収を行っていたといい、町の調査に対し、「住宅の数が多く、(住宅用地として認定するための)居住実態の確認は難しかったのでやりきれないと思った」と説明。「組織的に対応すべきだったが、当時はそこまで考えが至らなかった」と反省しているという。当時の税務課長はすでに退職している。  また、町は昨年7月から今年6月末までに、約2520時間にわたって公用パソコンでアダルトサイトから動画をダウンロードするなどし、コンピューターウイルスに感染させて業務に支障を来したとして、当時の会計課長の男性職員(54)を7月28日付で停職3カ月の懲戒処分とした。この男性職員は同31日付で依願退職した。

    4. カルチャー

      ヨコハマトリエンナーレきょう開幕 芸術作品400点以上

       横浜トリエンナーレ組織委員会(横浜市、市芸術振興財団などで構成)は31日、現代美術の国際展「ヨコハマトリエンナーレ2014」について、国内外から65組79人が参加し、展示作品は400点以上になると最終発表を行った。開会を翌日に控え、メーン会場の横浜美術館(横浜市西区)と新港ピア(中区)では報道向け内覧会も同日開催。展示の全容が初披露された。  アーティスティック・ディレクターの森村泰昌さんは「こんな捉え方ができるのかと驚いたり、考えさせられたりする体験ができるのが今回のヨコトリ」と話した。特に、美術館に来たことがない人や次代を担う子どもたちに見てほしいと来場を呼びかけた。  同館のグランドギャラリーに展示されるマイケル・ランディの「アート・ビン」は、失敗作などの美術作品を捨てる巨大なごみ箱。この日は、参加作家らが自作を投げ入れるパフォーマンスも行われた。森村さんが、女装した自らの肖像写真を大きくプリントした作品を投げ入れると、大きなどよめきが起こった。  同展は8月1日~11月3日。第1、第3木曜休場。一般1800円、大学・専門学校生1200円、高校生800円。「BankART Life 4」と「黄金町バザール2014」との連携セット券もある。問い合わせはハローダイヤル03(5777)8600。

    5. 社会

      川崎で遺体保管所めぐり論争 超高齢化社会の隠れた課題表面化

       火葬前の遺体を預かる「遺体保管所」の開設計画をめぐり、川崎市中原区で事業者と近隣住民の論争が巻き起こっている。葬儀の簡素化や高層マンションでは遺体を引き取りにくい住宅事情などが重なり、「一定の需要がある」(県内の葬儀関係者)とされる新業態。一方で住環境の悪化を不安視する住民側は、衛生面や騒音、警備体制など多くの問題点を指摘し、開設反対を求めて署名活動を展開している。超高齢社会に直面する都市部の隠れた課題が表面化したともいえそうだ。   ◆業者  遺体保管所は、斎場や葬儀社などに代わり、火葬前の遺体を1~2日間保管する民間の施設。中原区で開設が予定されているのは多摩川に面した宮内地区で、古くからの町工場と一戸建て住宅が並ぶ準工業地域。すでに工事は始まっており、9月開業の日程で整備を進めている。  業者らによると、かつて工場だった施設を所有者から借り受け、倉庫として用途変更する。3階建ての1階部分に最大10体を受け入れる施設を整備し、1時間約千円の料金で最大2日程度、遺体を預かりドライアイスで保管。24時間稼働するという。  業者側は整備理由について、「人口が増えているのに、川崎には遺体を安置する場所が少ない」と、市内の葬儀場事情を指摘。集合住宅などでは、身内の不幸を近所に知られまいと、自宅に安置したがらない遺族もいるといい、開設予定地に近い小杉地区の超高層マンションなどでは物理的に搬入が困難という事情もある。この業者は「迷惑施設なのは分かっている。この町じゃなくていいかもしれないが、このエリアには必要な施設」と説明する。  県葬祭業協同組合(横浜市南区)によると、最近は近親者のみの「家族葬」や、通夜・告別式を行わない「直葬」が増加傾向という。担当者は「インターネットなどで安価な葬式をうたう仲介業者が増えている」と指摘。その上で、「都市部では高齢になるほど、会社や地域とのつながりが希薄になりがち」と、葬儀の簡素化が進むにつれて遺体保管所などの需要が生まれる社会的背景を説明する。 ◆住民  「周りから遺体が見えるのでは」「いつも多数の遺体が近くにあるのは精神的ストレス」-。  小さな公民館は、閉館時間の午後9時を過ぎても明かりが消えなかった。7月下旬の説明会。住環境の悪化を不安視し工事中止を求める住民と、あくまで同所での開設を主張する業者との問答は3時間以上続き、最後まで平行線をたどった。  市条例では、建物を改築する場合は周辺住民への説明を義務付けておらず、遺体保管所開設の計画は5月下旬、業者側のあいさつ回りで明らかになった。  住民らは、冷蔵庫を整備しない保管方法や、搬送車両による騒音などを問題視。住宅地に異例の施設ができることで、興味本位のやじ馬が増えることも懸念する。このため、施設に隣接する住民らを中心に「宮内の遺体保管所“葬荘”を考える会」を設立。遺体保管所の開設反対へ町内外で署名活動を始め、行政や議会へも働きかけを強める。  遺体保管所の整備をめぐっては、墓地埋葬法などに定めがなく、行政も指導する立場にはない。近隣では東京・大田区に2011年、同様の施設が開設され、住民らが1万筆以上の署名を集める反対運動を展開。行政側もまちづくり条例を改正し、遺体保管所の事業者が「良好な住環境や生活環境の形成に努めなければならない」と定めた例がある。  ただ、施設は現在も営業を続けており、視察した住民グループのメンバーは、「オープンしてからでは遅い。この1カ月が勝負」とあくまで開設反対にこだわっている。

    6. 在日米軍・防衛

      オスプレイ4機飛来へ 18日に厚木基地 複数は初めて

       防衛省南関東防衛局は31日、米軍の新型輸送機オスプレイ4機が8月18日、米海軍厚木基地(大和、綾瀬市)に飛来する可能性があると地元自治体に連絡した。複数機の飛来は初めて。  県基地対策課などによると、飛来すれば7月18日以来で3回目。4機は8月18日、厚木基地に飛来。19~22日に静岡県の東富士、山梨県の北富士の両演習場で離発着訓練を実施し、終了後に厚木基地に再飛来。23日に同基地から普天間飛行場(沖縄県)に帰還する。19~22日も燃料補給などのために、厚木に飛来する可能性があるという。  同課は防衛局に、飛来する経路や時間などを尋ねたが、「米側から情報が寄せられていない」と回答はなかった。  綾瀬市の笠間城治郎市長は「2012年11月、オスプレイの安全性について国に説明を求めたが、今に至るまで回答はない。騒音で苦しむ市民の新たな負担となり、容認できない」と飛来中止を求めた。大和市の大木哲市長も「極めて遺憾」とコメント。両市は厚木基地に「住民の声を軽視しないでほしい」などと抗議した。  黒岩祐治知事も「安全性に対する住民の不安は残っている。国と米軍に丁寧に説明するようにあらためて求めたい」と述べた。

    7. 経済

      横浜市、航費の補助制度を創設へ アジア地域から集荷強化

       中国などアジア地域からのコンテナ貨物の集荷を強化している横浜市が、中国や東南アジア航路を持つ外航船社を対象に、航費を補助する新たな制度を創設することが31日、分かった。2012年度から実施している輸入貨物の増加促進策も継続。経済成長が著しいアジア諸国からの貨物集荷を推し進め、国内のファーストポート(初寄港地)を目指す。  新設する補助制度は、中国航路や東南アジア航路を持つ外航船社が▽横浜港に寄港する新たな航路を開設する(新設)▽航路を改編して横浜港に新たに寄港させる(同)▽既存航路で横浜港への寄港数を増やす(強化)-などした場合に、入港料などの費用を除く年間の平均航費の半額程度を補助する。  具体的には、一定の条件を満たした場合、東南アジア航路の新設で2500万円、強化で2千万円、中国航路の新設で1500万円、強化で1千万円をそれぞれ補助する。今年12月末までに新設・強化される航路が対象で、市港湾局はこの新制度により、2航路が新設され、2航路が強化されると見込む。  一方、横浜港での輸入貨物増を目的に12年度から実施している「アジア輸入貨物増加促進補助制度」を14年度も継続する。この制度は、中国や香港、インドなどからの輸入コンテナ貨物を前年同期と比べて増やした外航船社に対し、1社につき1300万円を上限に、40フィートコンテナ1本当たり5千円を補助する。市港湾局は補助制度によって、輸入コンテナ貨物が1万6千本から2万本(20フィートコンテナ換算)増加するとみている。  アジア地域からの貨物量は横浜港の輸出入貨物の6割以上を占める。市は14年度予算で約1億5千万円を計上。既存の補助制度に加え、横浜港寄港を促進するための新制度の設計を進めていた。  基幹航路の北米・欧州航路についても、維持拡大のための施策を検討している。

    8. 政治・行政

      小泉元首相、川内原発再稼働で「感覚がおかしい」と批判

       原発ゼロを目指す小泉純一郎、細川護熙両元首相は31日、東京・有明の東京ビッグサイトで開催されている再生可能エネルギーに関する展示会を視察した。  視察後、小泉氏は「再生可能エネルギーを開発しようという意欲はすごいと感じた。政治が先導的役割を果たせばぐんと伸びる」と感想を述べた。細川氏も「国が音頭を取れば、日本経済に大きなプラスになる。原発はいらない」と力を込めた。  小泉氏は、原子力規制委員会が新規制基準を満たしていると判断した九州電力川内原発(鹿児島県)の再稼働問題について「感覚がおかしい」と批判。規制委の田中俊一委員長が「基準の適合性を審査した。安全だとは申し上げない」と発言したことを踏まえ、「政府は安全だから(再稼働を)進めると言うが、(規制委員長の発言と)矛盾している。責任の所在があやふやだ」と指摘した。  その上で、「原発に展望はない。政治も原発を諦めざるを得なくなる。時間の問題だ」と言及。規制委の基準を満たせば再稼働を進める方針の安倍政権に対し、「政治が原発を導入した以上、政治が原発をゼロにしないといけない」と注文した。

    9. 中学スポーツ

      県中学総体:軟式野球、西中原が優勝、春の雪辱果たす

       第48回県中学校総合体育大会(県中学校体育連盟など主催、神奈川新聞社など後援)第5日は31日、バスケットボール、軟式野球、相撲など6競技で熱戦を繰り広げた。  バスケットボール男子は原が75-36で豊田を下し初優勝。同女子は相模女子が坂本を78-30で破り、2年連続2度目の優勝を飾った。  軟式野球は西中原が4-3で大沢を破り、優勝した。 ◆  最終回の七回に1点差に詰め寄られ、なおも2死満塁。中前に抜けるかと思われたゴロを西中原の遊撃古橋が好捕して一塁に送り、間一髪アウト。大接戦を制し、初めて神奈川の頂点に立った選手は「春の雪辱を果たせた」と喜びを爆発させた。  どうしても勝ちたい一戦だった。西中原は、3月の全日本少年春季軟式大会で優勝。しかし、直後の春季県大会決勝で大沢に0-1で敗れ、「日本一のプライドを傷つけられた」とエース関屋。打倒、大沢を誓って練習に励んできた。  午前中の準決勝で5回を投げた主戦は中盤から制球を乱したが「気持ちだけで投げた」という。球威ある直球で要所を締め、打線は五回2死無走者から連続四球と下原、羽二生、諫山の3連打で3点を勝ち越した。  鎌田康資監督(28)は「(五回の)攻撃は集中力。関屋は根性ですね。バックもよく守った」と一丸の勝利をたたえた。宿敵を打ち破り、乗り込む関東大会は通過点。古橋は「レベルの上がった夏も制したい」と春夏連覇へ意欲を見せた。

    10. 中学スポーツ

      県中学総体:バスケ男子、原が初優勝、鍛えた運動量で圧倒

       第48回県中学校総合体育大会(県中学校体育連盟など主催、神奈川新聞社など後援)第5日は31日、バスケットボール、軟式野球、相撲など6競技で熱戦を繰り広げた。  バスケットボール男子は原が75-36で豊田を下し初優勝。同女子は相模女子が坂本を78-30で破り、2年連続2度目の優勝を飾った。  軟式野球は西中原が4-3で大沢を破り、優勝した。 ◆  最後まで攻撃の手を緩めなかった。バスケットボール男子決勝リーグ最終戦は、県新人戦王者の原が豊田を大差で下し、初優勝。ベスト16に終わった昨年からの躍進に主将の東野は「3年間の厳しい練習を乗り越えてきた成果」と喜んだ。  序盤で勝負を決した。連動したディフェンスから速攻につなげ、一気に20点を奪って逆転。この日チーム最多の19得点を挙げた192センチのセンター宮本は「身長を生かしてインサイドから攻められた」と胸を張った。  夏場の連戦に備え、日ごろは砂を詰め込んだ2リットルのペットボトルを両手に1本ずつ持ち、学校の外周で走り込みを行っている。鍛えられた運動量で最後まで圧倒した。  この日は、就任4年目の幾田登コーチの54回目の誕生日。「先生に関東(大会出場)をプレゼントしよう」と一致団結した選手たちの頑張りに、指揮官は「よくやってくれた。ありがたい」と頬を緩めた。  「目指すのは全国。ここは通過点だし、気は抜けない」とキャプテン。王者に慢心はない。

    11. 政治・行政

      相模原市長「相模湖をカヌー会場に」、都知事「厳しい」

       相模原市の加山俊夫市長は7月31日の定例記者会見で、2020年東京五輪・パラリンピックについて、東京都の舛添要一知事と会談した内容を明らかにした。舛添知事が会場計画全体の見直し方針を示したのを受け、「相模湖(同市緑区)をカヌー会場に」と要望したが、競技会場としては厳しいと伝えられたという。  両首長の会談は30日に都庁で行われた。加山市長は意見交換を通じて「(競技を実施する上で)条件設定や競技協会の理解などの調整がある中、相模湖を利用するのはかなり厳しい」との感触を持ったという。  一方で1964年の前回東京五輪で相模湖がカヌー会場だった実績を踏まえ、練習場や事前キャンプ地などで協力できることを伝えた。選手村予定地から相模湖は50キロ以上離れているが、加山市長は「中央道を使って1時間前後かかるが、(大会時の)専用レーンなどをうまく利用すれば、移動時間は都内を移動するのと変わらない」と、舛添知事に説明したという。

    12. 社会

      友人を助けようとして川へ 小2男児が多摩川で流され死亡

       31日午後4時50分ごろ、川崎市高津区北見方の多摩川で、「男児が川に流された」と119番通報があった。同市消防局が川底に沈んでいた男児を救助したが、男児は間もなく死亡した。  高津署によると、男児は同区末長、小学校2年の男児(7)。男児はいずれも友人の小学校6年の男児と中学1年の男子生徒の3人で午後3時45分ごろに多摩川に遊びに来て、中州で遊んでいた。  午後4時半ごろ、川の中に入った小6と中1の2人が川の流れに足をとられ溺れかけた。男児は2人を助けようと川に入って流され、約15メートル下流の川底に沈んでいるところを発見された。

    13. 経済

      特別列車、限定商品… トリエンナーレで期待高まる集客効果

       8月1日に開幕する現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ2014」(11月3日まで)。3年に1度の開催で、国内外から多くの来場者が見込まれるイベントだけに、横浜市内の観光事業者の間では、集客への期待が高まっている。鉄道会社がラッピング電車を走らせたり、ホテルが芸術家とのコラボスイーツを発売したりと、アピールに努めている。  横浜高速鉄道は、西武鉄道と連携。「西武横浜ベイサイドきっぷ」とトリエンナーレの入場引換券のセットを8月1日に発売する。  相互直通運転により鉄道5社(西武、東武、東京メトロ、東急、横浜高速鉄道)の路線がつながった強みを発揮し、双方で送客するのが狙い。発売当日に限り各路線を乗り降り自由にするなどした。料金は出発駅によって異なり、例えば西武池袋線所沢駅だと大人3200円。同きっぷとトリエンナーレ当日券を購入したときと比べ、400円安いという。  期間中は、トリエンナーレと「ヨコハマ砂の彫刻展」をアピールしたラッピング電車も1日2~3往復走らせる予定だ。  一方、芸術家とのコラボスイーツを発売するのは横浜・みなとみらい21(MM21)地区のヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル。植物の表現を得意とする画家・久米亮子さんとホテルのパティシエが作り上げたもので、「GARDEN」と題したティーセットと、持ち帰りができる「BLOOM」を期間限定で販売する。8月9日から10月11日までの間は県内在住の現代美術家・飯嶋桃代さんの作品をロビーに展示。古着やボタンといった身近にある物を使った作品といい、「アートを通じた楽しみ、にぎわいを創出したい」と担当者は話す。  このほか、市内の多くのホテルや商業施設が、トリエンナーレの入場券を提示すると割引にするといったサービスを実施。“トリエンナーレ効果”に期待を寄せている。

    14. 経済

      ベテランが若手に技術伝承 MHPSが横浜にタービン研修所

       団塊世代の大量退職で、若手社員への技能伝承は多くの製造業にとって大きな課題だ。研修施設を新設したり、技能検定大会で競争させたりと、各社はあの手この手で育成を急ぐ。三菱日立パワーシステムズ(MHPS、横浜市西区)も7月、「蒸気タービン技術研修センター」を横浜本牧工場(同市中区)に設立。5年前まで現役稼働していた巨大な実機を使用し、ベテラン指導員がメンテナンス技術を伝授する。細やかなアフターサービスを提供できる人材をそろえることで、激化する受注競争で先んじたい考えもある。  「ローター回すよ」「そこ、測ってみて」。センター内に指導役の作業長の声が響く。指示を受けながら、計測や部品の設置などを若手社員が緊張した手つきで一つずつこなしていく。  この日の研修には、高砂工場(兵庫県)の20代前半から30歳までの社員9人が参加。取り囲むのは、出力25万キロワットの巨大な蒸気タービン。1970年に製造され、関西電力の発電所で2009年まで実際に稼働していたものだ。  発電所では安全な運転のために、タービンを分解して点検した後、再度組み立てる作業が必要不可欠。こうしたメンテナンス技術を習得させるのがセンター開設の大きな狙いだ。研修を経た若手社員は、機材を納入した日本を含む世界中の発電所に派遣され、現地の作業員らにメンテナンス作業を指示する役割に就く。  「昔の技術者は図面一つを携えて世界各地で据え付け作業を行い、英語で指示できる人も多かった。いまはそうした世代が退職する時期に来ている」とセンター長を務める山中伸一さん(46)。これまでは工場ごとにタービンの一部分を使って研修をしてきたが、実機を使うのは初めてという。  近年は新興国の経済成長に伴い、火力発電所の需要も高まっている。メンテナンスの必要なタービンは増え続ける一方で、対応できる技術者がどんどん減っていく-。そんな課題が浮上してきているという。  「こうした発電システムは受注して納入して終わりではない」と山中さん。「メンテナンスやトラブル対応などのアフターサービスが良くないと、取引先の目は他のメーカーにいく。せっかく開拓したつながりが途絶えては、二度と振り向いてもらえない」と指摘する。  この日、若手を指導した中西裕之さん(40)もセンターの活用に期待を寄せる。「わずか数ミリの部品設置のずれが発電効率に影響することもある。現場の緊張感ある雰囲気は、工場の中にいてはなかなか体験できない」。研修に参加した和泉翔太さん(26)は「細かい部分まで分かるのは実機ならでは。海外に行ったら、自分一人で責任を持って指導することになる。安全のため、日々勉強したい」と前を見据えた。

    1. 高校野球

      東海大相模・原貢さんにささげるV 健闘の向上にはOBが拍手

       おやじさん、やりました-。30日に横浜スタジアム(横浜市中区)で行われた、高校野球の全国選手権神奈川大会決勝。4年ぶり9度目の頂点に立った東海大相模の門馬敬治監督(44)は、校歌を聞きながら涙があふれて止まらなくなった。ことし亡くなった同校野球部の礎を築いた元監督、原貢さんにささげる優勝だった。  特別な夏だった。5月29日に同高と東海大の元監督で、東海大時代にマネジャー、コーチとして仕えた原さんが78歳で死去。「分かってるな、今年の夏だ。また練習を見に来るな」。それが最後の言葉だった。  7月14日に開かれたお別れの会で門馬監督は「今年の夏、私は、そして東海大相模はおやじさんの魂と一緒に戦っていきます。(東海大相模のユニホームの)タテジマのプライドを胸に」と宣言。並々ならぬ決意を胸に、夏の戦いに臨んだ。  大会序盤から、いずれも最速140キロ超を誇る4投手が活躍し、中盤以降は打線もつながって5回戦、準々決勝はコールド勝ち。月命日に当たる29日の準決勝で宿敵横浜を5-3で下すと、決勝は原さん直伝の攻撃野球を貫き、13-0で完勝した。  圧倒的な強さで頂点を極めたが、指揮官は「選手は選手で自分たちの甲子園だが、僕の思いもある。どうしても、どうしても勝ちたかった。勝ってよかったなぁ…」と言葉が続かなくなった。  約束を果たし、恩師に語り掛ける言葉を問われると「それは言えない。僕の中だけにします」。試合後は足早に球場を後にし、ウイニングボールを手に相模原市内の原さん宅に向かった。 ◇OBら健闘たたえ向上 高校野球の神奈川大会決勝で敗れた向上だが、多くの人がその健闘に拍手を送った。前回決勝進出した1984年夏の主砲で、元プロ野球阪急(現オリックス)などでプレーした高橋智さん(47)も、元監督の勝井直幸さん(69)とともに観戦。高橋さんは「ここまでよく頑張った」と30年ぶりに決勝まで駆け上がった選手をたたえた。  この日は現在、住んでいる名古屋から新幹線で駆け付けた。初回に先制されても「後半に強いのが向上」と熱視線を送ったが、点差が広がると悔しそうな表情に。高橋さんは「もう一皮、二皮むけて頑張ってほしい。決勝にきたらまた来ます」と言って懐かしいスタジアムを後にした。

    2. プロスポーツ

      小林可夢偉 F1夏休みで帰国 謎の女性“麻衣ちゃん”は「僕も分からない」

       自動車レースの世界最高峰・F1世界選手権シリーズに参戦中の小林可夢偉(27)が31日、一時帰国して三重県のアンテナショップ「三重テラス」(東京都中央区)で会見。10月5日に「鈴鹿サーキット」(三重県鈴鹿市)で決勝を迎える第15戦「日本グランプリ(GP)」に向け「3、4、5、6のコーナーが好き。難しいけれど、あそこでタイムを稼ぎたい」と意欲を語った。具体的な順位については「ロトを当てるようなもの」と明言はしなかった。  小林選手にとって鈴鹿は、F1ドライバーとして初めて表彰台に立った場所。3位でレースを終えた2012年は、2009年にシリーズチャンピオンに輝いたジェンソン・バトン(34、英国)の猛追を振り切っての表彰台で、最後まであきらめない“サムライ魂”に10万人が歓喜。日本人として3人目となるGP表彰台獲得の偉業は、「可夢偉コール」で祝福された。  同サーキットの荒木正和総支配人は、人気選手の証である「グッズ付きの応援席」を今年も設定。今季は第11戦を終えてノーポイントと苦戦する小林に対し、「応援席で小林選手が所属する『ケータハム』のチームカラーの緑を振って後押しします。2012年に表彰台を獲得した際は、サーキットが揺れているかのように感じる『可夢偉コール』があった。レースは厳しい状況が続いていますが、日本代表として応援したい!」と力を入れている。  会見後のインタビューで小林は、ノーポイントの状況も「楽しい」と語り、オーナーの変更後ささやかれたドライバー交代については、「僕は結果を残すために(チームに)来ている立場。結果を見れば車のパフォーマンスを出していると誰が見ても分かる」とコメント。新体制になってマネージャーから保障など契約内容の変更交渉ができると聞いたというが、「いらないと言ったんです。そもそも人生は保障がないものですから。結果を出しているのに(チームを)クビになるなら、未練はないです」と口元を引き締めていた。  また、ハンガリー戦から新スポンサーになった「麻衣ちゃん」については、「僕も誰か分からないんです。チームも誰か教えてくれないし。ネットのニュースで22歳ということは知ったんですけど。企業に頭を下げに行っても(支援は)難しいのに、いまどき天使みたいな人がいるんですね」と感謝。来年はホンダがF1に復帰するが「来年の交渉はもうそろそろ始まる次期。(残留か移籍かについては)まだ答えられない」と言葉少なだった。  小林選手は8月1日に出身地の尼崎市(兵庫県)を表敬訪問。同日に商業施設「あまがさきキューズモール」で無料のトークショーを行う予定。夏休みは国内で過ごすと言い、8月22日からベルギーで再開するGPで巻き返しを狙う。

    3. 高校野球

      吉田が圧巻の大会タイ20K 桐光・松井のスライダー手本 新伝説幕開け

       新たな怪物誕生の予感がする。東海大相模の2年生右腕、吉田が史上4人目となる大会最多タイ記録の20奪三振。「率直に驚いた。三振が多く取れるなとは思っていたけど、リズム良く投げた結果」と笑った。  今大会5戦目の登板で初先発。「緊張して頭の中は真っ白だった」というが、先頭打者を追い込むと、鋭く縦に落ちる126キロのスライダーで空振り三振を奪い、圧巻の投球が始まった。  その後、2死二、三塁とされるも144キロの直球で空振りさせ、ここから6者連続三振。「調子が良く、真っすぐよりも腕が振れていた」。同じ振りで最速145キロのストレートが見せ球となるのだから、バッターはたまらない。  昨夏の準決勝で横浜に敗戦。「奥行きのあるピッチングをしよう」と思い立ったのが、1年前の主役、桐光学園のサウスポー松井(楽天)のスライダーだった。写真や映像を何度も見て冬場には投げ込み、「縦(スライダー)は振り落とす」というイメージのリリースポイントを会得した。  九回1死から20個目の三振を奪い、最後のアウトはエース青島に譲った。大会新記録には挑戦できなかったが「三振の数よりチームが勝てたことが一番良かった」という。「甲子園で大暴れする」と決意する兵庫・西脇東中出身の背番号11が、凱旋(がいせん)登板で新たな伝説をつくる。

    4. サッカー

      ネイマール 寝具メーカー会見で元気な姿 広告ではカズと共演も

       サッカー・ブラジル代表のFWネイマール(22、バルセロナ)が31日、広告契約を結んだ寝具メーカー「東京西川」(東京都中央区)の会見に出席するため単独で初来日した。ネイマールは2011年に発売されたマットレス「エアー01(ファースト)」シリーズのプレミアムモデル「エアーSI(エスアイ)」の愛用者といい、同商品を「リラックスできるので、腰の回復にもなっている」と高く評価。「(飛行機は)長い旅だったので、マットと枕を使ってゆっくり休みたい」と語った。  ネイマールは、サッカーワールドカップブラジル大会準々決勝・コロンビア戦(4日)で腰椎骨折の大けがをしていたが、歩けるまでに回復。会見では「けがも回復してきて、(体調は)100パーセントに向かっている」と復調をアピールした。コルセットを付けているが、離日後の8月5日には所属するバルセロナ(スペイン)の練習に合流。試合への復帰は8月18日の親善大会「ジョアン・ガンペール杯」のレオン(メキシコ)戦を予定しており、ブラジル代表のドゥンガ新監督は、同23日に開幕するスペインリーグに間に合えば、9月5日の国際親善試合・コロンビア戦(米マイアミガーデンズ)で代表に招集する意向があると報じられている。  ネイマールが出演するCMは16日から公開。新聞、雑誌、インターネットなどクロスメディアで展開し、同じエアーシリーズ愛用者である横浜FCの三浦知良と共演する。「エアー」シリーズは2009年12月に「エアー01(ファースト)」の発売をして以降、枕、クッションなどさまざまな商品を展開。三浦知良や、米大リーグ・ヤンキースの田中将大らも愛用している。  ネイマールは当初30日に来日予定だったが、出発地が悪天候だったため入国が31日にずれ込んだ。同日午前中に700人が出迎える中、東京・羽田空港に到着。そのままフジテレビの情報番組に生出演し、サッカー選手だった父の試合を観戦しに行ったスタジアムのスタンドをボールを持たずに走り回っていたところを、「走るフォームが良い。この子は天才だ」とスタッフの目に留まりスカウトされたことから選手としての道を歩み出したことを告白。サッカーがうまくなるコツは、「基礎をしっかりとやること。基礎をしっかりやればパス回し、シュートなど精度が上がる」などと披露した。今後、イベントやニュース番組への出演をこなし、8月1日に離日する。

    1. 高校野球

      東海大相模が4年ぶり9度目の優勝(スライドショー)

      先攻は東海大相模。両校の先発は向上が背番号7の鈴木翔、東海大相模が背番号11の吉田。 一回表、東海大相模の2番杉崎がソロ本塁打を放ち1点先制。 東海大相模の吉田は三回まで9つのアウト全て三振。 東海大相模は四回一死1、3塁で長倉が左前に適時打。点差を広げる。 向上は四回途中、先発・鈴木翔からエース高橋に交代。ピンチを切り抜ける。 東海大相模の吉田は五回まで12奪三振。 東海大相模は七回、南谷の2ランで点差を8点に。さらに八回、杉崎のこの日2本目となる本塁打などで4点を追加した。

    2. 社会

      「原爆の日」に合わせ折り鶴8千羽を川崎市内の被爆者団体が作成 広島、長崎へ

       平和の願いも折り込んで-。原爆被害者でつくる「川崎市折鶴の会」が市民たちと折った鶴が、ことしも「原爆の日」に合わせて広島と長崎に送られる。語り部としても活動する会長の森政忠雄さん(80)=同市麻生区=は「戦争を知らない世代と一緒に折ることで、平和を祈る気持ちを伝えられる」。69回目の「あの日」を前に、思いをあらたにしいている。  核兵器廃絶を目指して活動するため、川崎市内在住の被爆者が折鶴の会を結成したのは50年ほど前。6年前から、広島と長崎に折り鶴を届けている。  毎年6月から7月にかけて2日間、多摩区役所のロビーで来庁者に鶴を折ってもらう場を設けている。「作業の合間に被爆の話なんかをすると、平和の尊さに気づき、祈りを込めて折ってくれる」と森政さん。ことしも熱心に被爆体験を質問する外国人や、「戦争がないように祈って」と、子どもに語り掛ける母親ら約200人が参加してくれた。会のメンバーが、ずっと大切にしてきた時間だ。  森政さんは国民学校6年の時、爆心地から3・7キロの広島市内の学校内で被爆した。依頼があれば、どこへでも自らの体験を語りに出向く。「一瞬にして命を奪われた人のためにも、残された時間で語り継いでいきたい」との決意からだ。  ことし、広島の「原爆の子の像」と長崎原爆資料館に届ける折り鶴は、8千羽に達する見込み。森政さんは8月6日に広島市内を訪れ、地元の中学生を前に講演する。  「一人でも多くの人に、戦争と核兵器の使用を繰り返してはいけないという思いを持ってもらいたい。今の平和は当たり前じゃない」。穏やかな笑顔と、目には強い意志を宿し、語り部を続ける。

    3. 高校野球

      県大会準決勝 名門横浜支え続けた小倉さん今夏で勇退 向上は1984年以来の決勝進出

       29日に横浜スタジアム(横浜市中区)で行われた、高校野球の全国選手権神奈川大会準決勝。決勝進出を懸けて4強が激突したグラウンドではもちろん、満員に膨れ上がったスタンドでも勝者と敗者の思いが交錯した。  百戦錬磨の名参謀が興奮を抑えられなかった。この夏限りに勇退する横浜の小倉清一郎コーチ(70)。一打同点の九回2死満塁の好機にネット裏から声を張り上げたが、惜しくも敗退が決まると「あー終わっちゃった」。相手校の校歌を聴きながらさみしげにつぶやいた。  1994年に母校の野球部長に就任。65歳の定年退職に伴い、2010年からコーチとなった。卓越した技術論と分析力で名門を支え続け、春夏甲子園制覇(1998年)など輝かしい成績を残した。横浜商(Y校)コーチ時代も含め「35年間、君臨してきましたからね。幸せですよ」。だが、この数年は体力の衰えを実感していた。  歯に衣着せぬ言動で、選手との衝突は日常茶飯事。それでも松坂大輔(米大リーグ・メッツ)をはじめ、慕う教え子は多い。この日、敗れた選手の誰もが「小倉さんを甲子園に連れて行きたかった」と口をそろえたのは、野球一筋の情熱を肌で感じていたから。  今後は全国を指導行脚する計画だ。指導の要請は引きも切らないが「どこかの高校でベンチ入り? ないない、死んじゃうよ」。  横浜の同級生でもある渡辺元智監督(69)は「何とか最後、甲子園をプレゼントしたいと思っていたけど…」と肩を落とした。名参謀は二人三脚で歩んできた日々を「上に1人、頭がいたんで。やりたい放題やらせてもらった」。盟友と固く握手を交わし、スタジアムを後にした。 ◇「やっと戻ってきた」 30年前の向上高監督・勝井さん  向上は1984年以来の決勝進出を決めた。  当時監督を務めていた勝井直幸さん(69)はスタンドで1点を奪い、一つのアウトを取るごとに、メガホンを片手に声をからした。「いいぞ」「最後まで気を抜くな」。ベンチで指揮を執った姿と変わらない姿で応援。最終回、高橋裕也投手が最後の打者を抑えると、思わず右拳でガッツポーズをつくった。  「団結力があるし、厳しい試合を勝ち上がってきた粘り強さがある」と目を細める勝井さん。30年の時を経て再び準決勝で校歌を口ずさみ、まぶたには熱いものが込み上げた。「やっと戻ってきた。結果は後でついてくる。決勝は思い切りプレーをしてくれれば、それで幸せ」と思いを託した。

    4. 高校野球

      東海大相模が4年ぶり9度目の優勝 選手監督コメント

       東海大相模が、投打で向上を圧倒し、4年ぶり9度目の優勝に輝いた。  先発の2年生・吉田は140キロ超の直球と縦に落ちる切れ味抜群のスライダーで向上打線を翻弄(ほんろう)。九回二死にエース青島と交代したものの、大会タイの20奪三振を記録した。  打線も初回、先発した向上・鈴木翔から杉崎が先制ソロ本塁打。四回にも3本の単打で1点を追加して、試合の主導権を握った。  中盤以降は打線が爆発。六回は単打5本で4点を追加、七回には南谷の2点本塁打、八回にはこの日2本目となる杉崎の2点本塁打も飛び出すなど、19安打の猛攻で向上の投手陣を打ち崩した。  東海大相模・門馬敬治監督の話 最後まで諦めない野球が徹底できた。先発はいい状態だった吉田を起用した。20奪三振は出来過ぎ。最後はエースの青島で終わりたかった。甲子園でも最後まで諦めずに縦じまのプライドを胸に頑張りたい。  東海大相模・平山主将の話 このために1年間頑張ってきたのですごくうれしい。今大会は簡単な道のりではなかったが、一丸になって戦えた。甲子園は夢の場所。負けた189校の力も借りて大暴れしたい。  東海大相模・杉崎の話 1試合2本塁打は初めて。「打倒横浜」を掲げて準決勝で達成できたけど、決勝で勝たないと意味がなかった。それがかなってうれしい。甲子園でもアグレッシブベースボールを見せていきたい。  東海大相模・青島の話 吉田が踏ん張っていたので最後は三振で締めようと思っていた。甲子園では制球良く投げて、他のピッチャーと協力しながら全国制覇したい。  東海大相模・吉田の話 決勝のマウンドは緊張した。(20奪三振の)記録のことは知らなかったけど、リズム良く投げられた。直球は今大会で一番走っていた。甲子園でもチームの勝利に貢献できる投球を心がけたい。  向上・平田隆康監督の話 延長勝ちできた今春と比べて、東海大相模は全ての面で力強くなっていた。力負け。今春の県大会、関東大会と準優勝で、夏も優勝させてあげられなかった。選手に申し訳ない。でも、県大会で一番長い時間、選手たちと野球ができてうれしく思う。  向上・鈴木翔の話 監督から「1球1球思いを込めていけば相手の打者がつまるから」と言われた。調子は良かったが、相模打線は詰まってもパワーがあった。向上の野球は日本一。2年半の集大成として思い切りぶつけることができたので悔いはない。夢は後輩に託したい。  向上・高橋の話 昨日156球投げた疲れはなかった。何とか食らいつけるかと思っていたけど、最後は精神的に投げ切ることできなかった。  向上・三廻部の話 監督は皆の話をきちんと聞いてくれる人で、父親のように信頼していた。試合が終わったとき監督も一緒に涙を流していて、やっと最後一緒になれたと思った。神奈川を勝ち抜いた東海大相模なら甲子園でもやってくれると思う。

    1. 高校野球

      横浜・小倉コーチ「短かったけど幸せだった」 3季連続甲子園ならず退任

       3季連続の甲子園出場を目指していた横浜が、準決勝で東海大相模に3―5で敗れた。今夏限りでの退任が決まっていた小倉清一郎コーチは、「神奈川で秋春夏と3季連続で勝ち抜くのは、やっぱり難しかった」と無念そうな表情で語った。  この日は、横浜スタジアムバックネット裏の席から戦況を見守った小倉コーチ。敗因を「(先発した)伊藤の調子が悪すぎた。投手力の差かな」。七、八、九回の好機で1点しか取れなかったが、「浅間、高濱が打てないと勝てない。最終回に浅間が出塁していれば…。ずっと県内で勝ち続けてきた分、チームとしても少し慢心があったのかな」と分析した。  名門・横浜で20年以上に及んだ指導人生。ベストゲームは1998年夏の甲子園で延長17回の死闘を繰り広げたPL学園戦をあげ、「短かったけど、やりたい放題やらせてもらった。恵まれていた。幸せだった」と振り返った。  帰りのバスに乗り込む前に、渡辺元智監督と握手。今後は基本的に県外で高校野球の指導に当たっていくという。

    2. ペット・動物

      「陛下のポニー」死ぬ 横浜・こども国 “160歳”老衰

       横浜市青葉区の自然公園「こどもの国」は28日、天皇、皇后両陛下がアルゼンチン大統領から贈られ、同園が飼育していたポニーの最後の1頭が死んだと発表した。老衰とみられる。  同園によると、死んだのは雄のガルーチョ。1973年生まれで、人間の年齢に換算すると160歳近いという。  ガルーチョは79年に、皇太子さまらへのプレゼントとして、昨年死んだ雄のファルーチョとともに贈られた。両陛下は同園を訪れるたびに2頭と対面し、2009年にご一家で訪れた際には、当時3歳だった悠仁さまも餌やりなどをして親しまれたという。  ガルーチョは27日朝に自力で起き上がれず、呼吸が少し速くなるなどの様子が見られ、28日朝に死んでいるのが見つかった。雪印こどもの国牧場の森一樹飼育部長(63)は「5月ごろから少しずつやせてきて心配していた。最近の暑さが厳しかったのではないかと思うが、大変な大往生だった」と話している。  こどもの国は、両陛下の結婚記念事業として国民からの祝い金を基に整備され、65年のこどもの日に開園した。

    3. 高校野球

      横浜3季連続甲子園ならず、横浜3―5東海大相模(写真スライドショー)

      ○東海大相模がリベンジ  昨秋以降、県内で負けなしだった横浜が準決勝で敗れ、3季連続の甲子園出場を逃した。昨夏、昨秋とも横浜に敗れていた東海大相模が自慢の投手力と打撃でリベンジを果たした。  東海大相模は二回、横浜に2点を先制されたが、その裏に宮地、青島の連続適時二塁打で追いついた。五回に一死二塁で平山の適時打で逆転すると、六回には代打小酒井、楠の連続適時打、杉崎の犠飛で3点を追加した。  先発のエース青島は六回5安打1失点。七回から吉田が救援し、九回に横浜打線の猛攻で1点を失ったが、最後は3番手の小笠原が締めた。  横浜は先発の伊藤が本調子ではなく、甘く入った球を狙い打たれた。今大会好調だった打線も四、七回に得点圏に走者を置いたが、好打者の浅間、高濱がそれぞれ三振に倒れた。  東海大相模・門馬監督の話 横浜相手に無傷で勝てるとは思っていなかった。注目度の高い試合で、横浜の威圧感は分かってはいたけどすごかった。(九回二死満塁のピンチも)こういう展開になると思い、練習してきた。  東海大相模・主将平山の話 この1年間、横浜に負け続け、「打倒横浜」を合い言葉に冬の辛い練習も頑張ってきた。序盤は緊張でミスもあったが切り替えた。(伊藤対策は)変化球を見逃してしまうと厳しくなるので、積極的に振っていこうと決めていた。決勝だからといって特別に意識はしない。  東海大相模・長倉の話  (決勝に向け)春季大会の向上戦ではチーム全体が慌てて試合をしてしまった。気を緩めることなく、自分たちの野球をしたい。  横浜・渡辺監督の話 3点勝負だと思っていた。伊藤はかなりプレッシャーがあったようでいい投球ができなかった。打線も追い込まれる前の直球を打ちきれなかった。相手の執念を感じた。(今夏限りの)小倉コーチに甲子園をプレゼントしたかったが、残念で申し訳なく思う。  横浜・主将松崎の話 (最終打席で四球)打つ自信はあったが四球で悔しい。小倉コーチには、野球部に入ったときから熱心に細かい野球を指導してもらったのに申し訳ない。人間的にも成長できた2年4カ月だった。  横浜・伊藤の話 楽しく思い切って投げようという意識はあったが、ベストなピッチングはできなかった。過去の試合で、東海を0点に抑えていたので、どこかに「大丈夫だ」という気持ちがあったのかもしれない。  横浜・高濱の話 相手バッテリーの配球に対応できず切り替えられなかった。小倉コーチを甲子園に連れて行きたかった。  横浜・渡辺の話 (最終打席で適時打)高井に「意地を見せてこい」と言われた。自分の役割は果たせた。唯一の悔いは小倉コーチを甲子園に連れて行けなかったこと。